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★閲覧注意! 二次創作でR18作品の保管庫。 過激な性描写があるため十八歳未満は絶対に見ないでください。

ねがいごと〈エピローグ〉


 秋が深まり、街路樹も校庭の木も、葉の色を変えていた。
 カトリック系女子学園の、午後の鐘が鳴っている。
 下校の時刻も近い休み時間――教室内の窓ぎわの席に腰かけ、なんとはなしに校門のあたりを見つめていた美奈に、声がかかった。

「彼氏とは別れちゃったの、ミナさん?」

 話しかけてきたクラスメートに顔を向け、美奈は目をぱちくりさせた。

「彼氏?」

「あら、なにをとぼけているのかしら。ついこの前まで、下校時間になったら校門の前で待っていたでしょう。
 成英学院の制服を着て眼鏡をかけた、いかにも成績優秀そうな顔した男子が。ま、ちょっと雰囲気暗かったけど。
 なのに、一月ほど前から姿を見かけないわ」

「ああ、ケン兄のこと」

 困った微笑みをどうにか作る。
 このクラスメートは、姉の駆け落ち事件前後のときもまったく変わりなく美奈に接してくれた良き友人の一人だが、目ざといところが少し苦手だった。

「彼氏では、ないです」とはっきり告げる。

「わけあってしばらく、家が近い知り合いに送り迎えしてもらっていただけです。
 かれは受験生なのでもともとそんな余裕はなかったんですけれど引き受けてくれました。いまはもうこちらの事情が変わりましたので……」

 虚弱体質であることは周りに知られているので、「事情」といっておけば深読みして引き下がってくれるはず――と思ったのだが。
 クラスメートは、良家の令嬢らしからぬにやにやした笑みをうかべた。

「あら、そうだったの。放課後近くなるとぼうっと窓から校門を見つめているあなたの様子を見て、『これは恋人でまちがいないわね』とみんなで話し合っていたのだけれど」

 赤面した美奈をおもしろそうに眺めて、クラスメートはその笑みのまま遠ざかっていった。
「もう……」とため息し、美奈は頬づえをついて、また窓から校門を見やった。
 当たり前だが、健一郎の姿はそこにはない。

 もう、かれは来ない。そう確認して、美奈は無言で目を閉じた。
 胸中の哀愁は、つとめて無視した。
 来なくなったのは、美奈が口にした願いごとのためだから。

 願いごとで心は強要できない。
「健一郎が心の傷を治して立ち直ること」が、美奈の望みだったが、姉を忘れろなどというのは言うだけ無駄だったろう。
 だが、行動は強要できる。

 ――「ちゃんと受験して。もともとの志望校に進学して」

 あの日、そう言うとかれはけげんな顔をしたが、きちんと約束してくれた。
 だから彼はいまごろ、血まなこになって机にかじりついているはずだ。
 本来の彼の学力なら、じゅうぶん合格見込みがあったのだが、この数ヶ月の空白時間は大きなブランクといっていい。
 出遅れた受験勉強にしゃかりきになって、いまさら美奈といる余裕なんてあるはずがない。寝る時間もないほど追いこまれているだろう。

 なんとなく、ぽそっとつぶやいてみた。

「ざまーみろ」

 彼が求めていた罰は、これでじゅうぶんだろう。彼自身が決めるはずの人生選択に干渉してやったのだから。

 姉の駆け落ちによって彼が負った心の傷は深かった。最初は生きることを放棄し、部屋から出てもそれまでの受験勉強を放棄してしまうくらいには。
 彼が回復するかはわからない――いずれは癒えて思い出になるかもしれないし、決して癒えないかもしれない。

 だが、現実の時間は容赦なく進むのだ。現実を生きているかぎりきちんと大学に進学しておいたほうがいいだろう。
 人生、高学歴だけが重要ではもちろんないけれど、高等教育を受けていれば、のちのち選べる道が増える……陳腐だが、それが現実だった。

 彼のよりよい人生を、より多くの幸を美奈は願った。

 ――わたしがいっしょにいてもあれ以上はケン兄の役に立てなかった。

 美奈には、体で慰めて、共に溺れてあげることしかできない。それでも、彼があそこまで持ち直す手助けにはなれたのかもしれないが。
 あの快楽――阿片のような背徳的な官能。
 まさしくあれは阿片で、彼の美佳を失った痛みを和らげるために、鎮痛剤として役立った……だが、最後に自力で立ち直らねばならないときには、たぶん邪魔になるだけなのだ。

 もちろん、うまくいくとは限らない。
 強いられた人生選択にやっぱり意欲はわかないかもしれない。
 結局、彼は立ち直れないかもしれない。現実逃避の日々に立ち戻ろうとするかもしれない。ある日また、わたしを校門前で待っているかもしれない。

 ――もしそうなったら、その先わたしはずっと彼のそばにいよう。こんどは彼の望むだけ、わたしを通して“お姉ちゃん”を見つめさせてあげよう。
 ――哀しいけれどそうすれば、せめて彼のそばにいられる。骨まで溶けてただれるようなあの悦びに、いっしょに溺れていられる。

 そんな後ろ向きの決意――淫靡な期待が、じゅわりと下腹からせり上がってくる。

 ……だめ、と美奈は机に突っ伏して思った。自分のひそかな、よどんだ願望を押し殺す。

(また、自分の望みを優先させそうになるなんて。
 真相をなかなか話せず、二学期始まっても黙っていた時点で、ケン兄の受験勉強を決定的に出遅れさせてしまったのに)

「彼がもう少し、元の彼にもどるまで癒えてから言おう」と、都合よく自分に言い聞かせてお願いを先送りしつづけたことを美奈は恥じている。
 それはたしかに単なる口実ではなかった――あの日お願いを告げたのは、流れもあったが、健一郎がかつてなく昔の彼に近づいたと判断したことが大きかった。
 これならきっと、美奈のお願いを真摯に叶えてくれるだろうと判断できたのである。

 ……だが、タイムリミットは当然ながら、センター試験の願書出願のしめきり日までだ。美奈はぎりぎりまで「もう少し様子を見て」しまっていた。痛恨事だった。

(もう、あの日々の続きに浸りたいなんて思っては駄目。わたしは、ケン兄から離れないと)

 恋しい――けれど健一郎のことを考えれば会わないほうがいいのだろう。
 彼はわたしを見たとき、お姉ちゃんのことを思い出してしまうのだから、わたしは近づかないほうがいい。

 健一郎と全く顔を合わせなくなって、とても寂しい。切なくて苦しい。
 それらにも慣れた。薄れたり消えたりしたわけではない――ただ慣れた。
 押し殺すことにはむかしから慣れていた。

(できることなら、もう来ないで……どうか完全に立ち直ってください、ケン兄)

   ●   ●   ●   ●   ●   ●

 健一郎は手をあげた。

「……よお」

 首にマフラーを巻き、かばんを下げて校門を出てきた制服姿の美奈に声をかけると、彼女は衝撃を受けたように立ち止まった。
 以前とはちがい、健一郎は校門でずっと待っていたわけではなくさっき来たばかりなので、美奈はいまのいままでかれの存在に気付かなかったのだろう。

「……ケン兄……どうして」

 健一郎をみる美奈の表情は完全に凍りついている。
 だがすぐ氷が溶けたように涙をにじませて歪んだ――悲痛、諦念、それから……かすかに、暗く儚い笑みをにじませたのは見間違いだったかもしれない。
 ともかく、彼女が何か勘違いをしているようなので、かれは真顔で否定した。

「先走るなよ、受験勉強ならきちんと本腰入れてやってる。ほら、センター対策の問題集を買ってきた帰りだ」

「な……なら、なんで、今日はここに」

「なんでって、今日はおまえの誕生日だったろ。手を出せよ」

 毎年恒例だった美奈へのプレゼントを渡す。
 実をいうと美奈へのプレゼントを毎年欠かそうとしなかったのは美佳だったが、ふたりで選んでふたりで渡していたのだ。
 健一郎のほうは、プレゼントを選ぶための買い物という口実で美佳とデートできるから、という理由が大きかったのだが。

 手のひらにのせられたプレゼントの包みを信じられないように見つめていた美奈が、どうすればいいかわからないとばかりの困り顔をあげて、おろおろと言った。

「あ、ありがと……でも……その、直前の時期なのに、そんなことに時間を割いちゃ駄目――」

「ちょっとくらいなら問題ないから心配すんなよ」

 むっとしてぶっきらぼうにさえぎると、美奈がびくりと身をすくませる。
 健一郎はため息をついて頭をかいた――こんな態度を取りたいわけではないのに、自分の人間の小ささがいやになる。

「そんなこととか言うなよ」

 いまの僕にとって、おまえへのプレゼントは大切なことだよ――それは言わず、

「そりゃ、たいそうなもんじゃないけど、ミナに喜んでもらいたいと思って選んだんだ」

「……ケン兄が、わたしに?」

「なんで疑ってんだよ。開けてみろ」

 うながすと美奈がおずおずとプレゼントの包みを開けた。

「……手袋?」

「ブレスサーモのやつ。おまえ、体が冷えやすいだろ。今年発売の新式だからあったかいぞ」

「ありがとう」

 美奈が目元を染めて涙ぐんだので健一郎は驚いた。
 うつむいた少女の鼻をすする音が響く。それを聞く健一郎の胸にせまるのは、むずがゆさに似た何かだった。
 ややあって照れかくしに彼はいった。

「ミナ、せっかくだから一緒に帰ろう。
 ああ、さっきみたいに勘違いするなよ。今日は部屋に連れこまないぜ。僕は勉強しなきゃなんないしな」

「そんなことわかってます!」

 美奈が面白いくらい真っ赤になる。健一郎が薄く笑ったとき冷たい風が吹いた。
「うわ、寒……今朝から急に冷えたな」健一郎は制服の上着のポケットに手をつっこんだ。
 ふと見ると、美奈が彼のポケットにじっと視線を落とし、何かいいたそうにしていた。逡巡ののち思い切ったように、美奈は顔をあげた。

「あ……あの……、ケン兄、自分のぶんの手袋はいま持ってきていないのですか?
 それなら、このプレゼントですけど、ふたりで片方ずつはめて帰――」

「んー……自分の手袋は捨てたんだ」

「……え?」

「あれはミカとのペア手袋だったから。……ほかにもペアにしていた小物は、全部捨てた。
 未練がましくとっていたんだから、ほんと情けない限りだな」

 たたずんで黙っている美奈に、彼は悲しげな笑顔を向けた。

「ミナ、今後は僕の前でミカの服を着なくていい……いや、いまさら勝手で悪いけど、もう二度と着ないでほしいんだ。
 もう、おまえとミカをほんのちょっとでも重ねたくない。……すぐには、無理かもしれないけれど……」

 美奈の手をとって指をからめるように握ると、彼女が泣きそうな目で見上げてきた。
 美奈がさきほど言いかけたこと、したかったことを、健一郎は察していた。
 ふたりそれぞれ片方ずつ手袋をはめて、空いた手どうしをつないで温めあう――まるで恋人同士のように。
 そのようにして帰路を歩き出すと、手を引かれてついてくる美奈が、ふりしぼるような弱々しい声をだした。

「お姉ちゃんのことを忘れるなんて、できないくせに」

「そうだな」

「こ……こんなふうに……手をつないだり、背負ったり、絵本を読んだりしてくれたのは……小さなころからわたしに優しくしていたのは……
 そうしたらお姉ちゃんに好かれると考えていたからのくせに」

「そうだ。ミカはそれを喜んだ。いつだっておまえのことを考えていた」

 美佳の影はけっして心から消せないだろう。
 それでも、吹っ切る決意をやっと固めたのだ。
 ――美奈がひとつきりの願いごとを、自身のためではなく健一郎のために使ったことを、かれももちろん気づいていた。
 それからは、どうしても立ち直らなければならないという思いが、日をおって強まっていった。

 昔の自分に戻って、どうしても美奈に伝えなければならないことがあったから。

「僕の志望は医学部だよ、ミナ。むかし、ミカが僕に約束させたんだ」

 美佳はこう言ったのだ。「えらいお医者様になって、ミナの体が弱いのを治してあげて」と。
 数年後、理由不明の虚弱体質が現代医学で治せるような簡単なものではないと知ったあとは、「それでもお医者様が何人も家にいたら、ミナが急に体調崩しても安心だよね」に変わったが。

「ミカはおまえにはどこまでもいい姉貴だったよ。
 でも……僕はミカを吹っ切ることにした。忘れられなくても、諦める決心がついた。
 だから、いまから言うことは、ミカの願いだからじゃなくて自分の意思だ」

 緊張にこわばっている美奈の手をにぎりしめ、健一郎は約束したことを繰り返した。

「もし今年落ちたとしても、浪人して必ず進学するよ……おまえがいるかぎり、医者をめざすのは無駄じゃないって気づいたからな。
 ずっとひどいことをしていてごめん。それと、ありがとうな。ミカがいなくなったあと、ひとりだけ僕のことを見捨てないでくれて。
 部屋から引っ張り出そうとしてくれて。弱い体で無理をして慰めてくれて。立ち直らせようとしてくれて。
 ……僕なんかをずっと好きでいてくれて。
 まだ、いっしょにいてくれるつもりがあるか?」

 とうとう、美奈が泣き出した。「いっしょにいる」強く、強く、手がにぎりしめられる。

「いっしょにいたい。ケン兄といたいです」

 幼いころ、併発していた小児ぜんそくの発作を起こしていたときみたいに、背を丸めてうつむき、ぽろぽろ涙をながして、彼女はしゃくりあげた。
 健一郎は美奈を肩ごしに振り向いて、べそをかく彼女にあわせて足取りをゆるめた。ふと、遠い日の情景がよみがえってきた。

(そういえば、三人で遊んでいたとき、こいつは二回ほど発作を起こしたなあ)

 家のなかでぜんそくの発作が起きたときは、美佳が飛び立つように人を呼びにいくあいだ、かれは治まれ治まれとミナの小さな背をさすっていた。
 外で――砂場で発作が起きたときは、彼が美奈を背負い、近くの診療所にかつぎこんだ。
 泣きながら背中でむせこむ命の薄い体に、よろよろ必死に走る健一郎自身も涙ぐんでいたのを覚えている。

 ――あのころミナにしてやったことは、必ずしもミカへのご機嫌とりってわけじゃなかったな。

 気づけば頬が優しくゆるんでいた。
 泣き声を聞くうちに、妹分に向けていた思いやりが、かつてのように――かつてより純粋に満ちていく。
 欠けていた胸の内を愛しさがひたひた満たしていく。美佳に対して抱いていた激しい恋情ではなく、静かで、穏やかで、春風のように温かい想い。

 体質的に同じだった母親の死んだ歳までなら、残り二十年余り――
 人より短い彼女の命が、いつかひっそり燃えつきるまで、かたわらにいてやりたいと思いはじめていた。


 こんな静謐(せいひつ)な恋も、あるのだと知った。


「ミナ、ミカのこと全部吹っ切るのも、きちんと医学を学んだうえでおまえのそばについていられるようになるのも……いろいろ待たせると思うけど、できるだけ早くするから」

「まちます」美奈の嗚咽が強まる。「まってます……」

「初めてを無理やり奪っちまったし、ひどいこと沢山しちまったけど、こういう形で責任とること、許してくれるか。
 ほんとにこんな男でいいなら、僕が大学行ったらちゃんと婚約しよう」

「ばかあ……」

 手をつないで、家路をゆっくりと、ふたりで帰っていった。

〈了〉







ねがいごと〈4〉


……………………………………………………
…………………………
……

 日が落ち、宵の空に明星が輝いていた。

 室内は、闇色の蜜溜りと化していた。

 静かな、だが凄艶な色香がけぶって、天井へとたちのぼり……しとしと降る雨露のごとく、部屋全体にふりそそいでいく。
 ベッドシーツはところどころ濡れ、大波小波の皺がよっている。
 現在進行形でその皺はさらによじれ、新しい模様をえがき、陰影の形を変えていく。
 しどろにほつれた黒髪が、汗みずくの白肌とあいまって、幻想的なほど艶めいている。

 身をも髪をも乱れさせ、かつ悩ましくにおやかに、愛欲に耽溺しきった様をみせる少女――美奈が、のしかかっている健一郎を下から抱きしめて、甘く泣きむせんでいる。

「ケン兄……ケン兄、ケンにいっ……」

 ――ケンおにいちゃん。

 激しく腰を使われて責め上げられ、官能を炎上させられながら、美奈は健一郎の名を呼ぶばかりだった。

 赤いアイマスクは手錠とおなじく外されていたが、美奈の視界に映っているのは、やはり真紅……真っ赤な快楽だった。
 時間の感覚も溶け失せて、淫虐の火の海にたゆたっている気がした。

 実際、もうどのくらいの時をつながっているのかわからない。
 幾度もの射精を受けた秘肉は、妖紅色にますます濡れ輝き、恋い慕うように肉棒をねぶり奉仕している。

 うわごとのように彼の名を呼びながら、美奈はひっきりなしに達していた。

 対して健一郎は、彼自身もこの肉の交歓に没頭しながらも、しだいに危惧を強めていた。
 小さな体を軋むほど激しく責めたてながら、彼は彼でこれでも慎重に、美奈の限界を測っていた。

(こいつ、今日はまだ、一言も「許して」と言っていない)

 息苦しさにも似た恐怖感――どういうことだ、と健一郎は思った。
 おかしい。いつもなら、そろそろ美奈が「もう限界です」と伝えてきてもおかしくないはずなのだ。

 先刻、「なにを言っても『一つきりのお願い』には含めないぞ」と、すでに明言してある。
 それは、これまで言葉にこそしなかったが「本当に限界なら身体が危なくなる前にストップをかける」という、嬲る彼と嬲られる美奈とのあいだにあった暗黙の了解であったのだ。

(いつもと違う……こんなはずじゃなかった、今日はいろいろとおかしいぞ)

 ……健一郎は動きをとめ、顔を近づけて屈みこみ、美奈の首筋に手をそえる――
 彼は美奈の体調を測るためにそうしたのだが、美奈は別の意味に受け取った。
 朦朧とした少女は、少年の首を腕で巻きしめて、花弁のような唇を自分から重ねた。
 舌をひらめかせて彼の口内を掃除し、無我夢中で奉仕愛撫のための口づけを行っていく。

 最初はためらっていた健一郎だったが、結局、あきらめて激しく口づけを返した。
 どこかで、引き返せない泥沼にはまっている気が、した。

(なんだよ、これは……)

 この行為を彼からは、止めることができなかった。
 もし誰かが知れば、馬鹿げていると思うはずだ。健一郎の意思しだいでいつでも止められるはずだ、と。

(そうだ、責めたてているのは僕のほうのはずなのに……)

 出来なかった。阿片を吸ったように、彼もどろりと思考を濁らせていた。
 出しても出してもいつのまにか勃起していて、気がつけば身体も思考の大半も、蠱惑的に乱れる少女のほうへ強烈に誘引されていくのだ。

 美奈の体は、彼女自身さえ知らない魔性を帯びているかのように、健一郎を呪縛し……妖しい力でもって彼をとどめ、この加虐行為から手を引かせようとしなかった。
 健一郎は少女の白い裸身にぞくりと畏怖を感じた。妖術によって、自分が、腰を振る本能だけの、昆虫の雄にでも変えられたような気がしはじめていた。

 そして畏怖よりなにより、彼女から伝わってくる想いに圧倒されていた。
 組み敷いた年下の幼馴染みの呼気に、声音に、色づく肌に、くゆる女香に、男を搾る胎内に、そして潤む瞳に、恋を見た。尽きない愛が揺らめいていた。

 命の薄い少女が、その命を燃料に恋の火を燃やし、みずからの身で雄をつなぎとめている。炎から火の粉がふりまかれるように、無音の声が室内に響いていた。

 わたしを抱いて。
 わたしを抱きしめて。

 あなたが好き。
 あなたが好き。
 あなたが好き。

(――やめだ!)

 胸を貫く痛みに、健一郎は唐突にそう決心した。その決意が、甘やかな呪縛からわずかに精神を解き放ってくれた。

(こいつをミカに重ねるのは、もうやめだ)

 その「やめ」というのが、とりあえず今日はということか、それとも永久にということか――突き詰めて考えるのを後にして、彼はどうにか腰を引いて肉棒を抜いた。
 尻もちをつくように彼は床に座りこんだ。瀕死のように横たわったままで荒い呼吸をついている美奈に、半ば悲鳴のような声をかける。

「おい……苦しいときは、やめてとちゃんと口にしろ。お願いには含めないって言っただろ!?
 いや、『やめて』というのがお願いだっていいんだ、なんでもいいから、おまえの体力が尽きる前に言えよ!」

 お願い。
 どこか遠くから聞くように、美奈はぼんやりとそれを認識した。
 健一郎に聞いてほしい自分のための欲望……いくらでもある。

 ――お姉ちゃんのことを忘れて、心から消して――
 ――わたしを愛して、わたしだけ見て――
 ――お姉ちゃんを忘れさせてみせるから、わたしのそばにずっといて――
 ――お姉ちゃんを忘れられなくてもいいから、どんな形でもいいから、あんまり長く生きて束縛しないから、だからわたしを捨てないで――

 美奈がこれまで夢想してきたいくつもの懇願が「お願い」となって、喉元まで出かかる。
 少女の、残っていないと思っていた理性がかろうじて働き、すべて飲み下して封じ――

「して……もっと、してぇ……」

「……おまえ……」

「やめ、ないで……」

 許しを乞わない――これまでのときとは全く逆に、彼女は続行をねだった。
 淫艶にぬめる裸身をよろよろと起こし、這うように身体をひきずり、座りこんだ健一郎のもとに近づく。
 呪縛がまたしても健一郎をとらえ、彼は呆然と少女を見つめることしかできなくなった。美奈が近づいてくるほど、意思に反して股間のものがミキミキいきり立っていく。

「ケン兄、好き……」

 四つん這いの美奈が、とろんと濡れた瞳で健一郎を見つめ、そっとささやいて唇を触れさせた。
 彼女にとってははじめての告白だった……言葉では。

「あと……いっかい、だけ……させて、ください……」

 健一郎の股の間に座りこもうとして美奈が双臀を向けると、しどけなく乱れた髪が濡れた背にはりついた。
 ぽってりふくらんだ二ひらの大陰唇に指をかけ、彼女がみずから開く――くちゃぁと開いた膣口から白濁がごぽりと溢れ――美尻がねっとりとうねって、肉の泥沼がふたたび男根を呑みこんでいった。
 背面座位で結合し、過敏になりすぎた奥までをみっちり男の肉に埋められて、少女はぶるッと腰をおののかせ、ほうと熱く吐息した。

 ……そして、美奈は床に手をついて、健一郎の股間に押しつけた尻を使いはじめた。
 ∞の形にうねらせ、左右にくなくな揺らし、前後にしゃくり、上下に振りたてるようにして淫らに肉棒を蜜壺で引きしごく。

 しだいにその腰使いがこなれ、より妖艶になっていく。複雑さは少しずつ失せて上下に振る動きだけに収斂していくが、双臀の動き方はなめらかさを増していた。
 男に快楽を与えようとしながら、美奈にとっても薄い、気だるい絶頂が延々と続いていた。もう、ほんの数擦りされただけで蜜壺が達してしまうような過敏状態なのだ。
 淫楽にどうしようもなくとろけきった顔で、美奈は叫んだ。

「ケン兄っ、わたし……インランでしょうっ?」

「ミナ……」

「おねえちゃん、よりっ、インラン、でしょう……っ?」

 会えなくなる前に、なにかひとつ自分のことを、どんなことでもいいから、姉にくらべて強烈に覚えていてほしかった。
 ――健一郎が、後ろから美奈の腰をつかんで動きを止めさせた。

「ああそうだ、くそ……おまえは、ミカよりずっと淫乱だよ……!
 すぐ終わらせるから、自分で動くな!」

 ぐちゅっと突き上げられて、深く極めてしまい、「んひぃっ」と歯をくいしばった。
 実をいうと前からされるより後ろからの体位のほうが美奈は弱かった。膣奥の特に弱いポイントに、後ろからだと亀頭がもろに当たるのだ。
 そうはいっても彼は最後の一回を慎重に責めてきた――腰を押しまわして、下がりきった子宮口を亀頭でこりこり撫で回して。

「あんっ……ああぁ……あぁぁ……っ」

 甘ったるく、天使的な官能だった。濃厚な悦びにひたらされる。
 本来なら、女体をじんわりととろ火で煮込む責めだ――なのに、もうこれだけで子宮が達し続けて、骨が全部溶けたみたいになってしまう。
 乱れた吐息にあふあふと恍惚のあえぎが混じった。

「ふあっ……これぇ…………これ……こわいくらいぃ、いいですぅ……」

 円運動で、子宮口周りをコリュコリュとほぐされる一秒ごとに、快美な肉悦が天井知らずに高ぶっていく。
 蜜壷の最奥で味わわされる、穏やかながら深い、極甘の絶頂感。それは静かに大きな波紋を広げていって――

「あ――…………」

 絶頂のなかで失禁してしまった。

「いやぁぁぁ……ごめ、なひゃ……はずかひ……」

「……おまえの恥ずかしいところなんかもう全部見てるよ、気にするな」

 やけになったような声で、背後の少年が美奈を抱きしめ、頭を撫でてきた。
 ……たしかにそうで、夫婦でさえけっして見せないようなところを、健一郎には何回も見られてしまっている。
 けれど、頭を撫でられ、はっきりと気遣われたこと自体が美奈には予想外だった。
 これではまるで、昔の優しかった健一郎のような――

「ふわぁぁ……ン……」

 美奈の混濁した意識に、それは驚愕より先に至福感をもたらした。
 飼い主に蹴られても足元を離れようとしなかった犬が、ある日いきなり可愛がってもらえたときに感じるような、幸せの感情。
 健一郎がささやいてきた。

「……これで終わりだからな」

 ――びゅく。
 量はさすがに少なくなったが、熱さは変わらない精液が、彼専用に躾けられてしまった子宮に浸透してくる。
 撫でてもらえた嬉しさが、刺激された思慕の情が、肉体の絶頂高度を押し上げた。

「――――、――――、――――」

 自分がどんな言葉を叫んでいるのか、美奈は認識できなかった。イク、とか、好き、とかそのあたりだったと思う。
 阿片を凝縮したものを、脳に直接ぽとぽとと垂らされているような気がした。

【どぐん】

 ――あ。

 胸の奥で、

【どぐっ、どく、どく、どくどくどく】

 ――ああ……ちょっと、からだに、むりさせちゃったかも。

「はっ、はっ、はふっ、ぁっ、はっ」

 急に感覚が鋭敏になった――自分がせわしなくあえぐ声が、美奈にはやけに大きく聞こえた。
 強すぎる快楽。苦しい。乱れる心脈。
 きもちいい。くるしい。ああ、いくのとまらない。

「……おい、ミナ?」

【どっどっどっどっどっ】

 不規則に心臓がはねる。さっきから妙な具合に暴れてる。
 よだれが溢れるのが止まらない。どれだけ呼吸しても息が吸えない。
 くるしいのもきもちいいのも、いままででいちばんすごい。

「はっ、あ゛、ぁぁっ、あ、は、っ、はっ」

「ミナ! ミナっ!」

 あ……ケン兄が、わたしの名前を呼んでくれている。
 わななき、ひきつる体をケン兄がずっとだきしめていてくれる。
 ケン兄が耳元で、わたしの名前を呼びつづける。こんなにいっしょうけんめい。

 焼けつくように、幸福だった。

「はっ、はっ、はふ、ぁぁぁ――…………はひ……」

 もろい肉体を破綻させかけた濃烈な肉の高みが、美奈からようやく通り過ぎていった。

 健一郎の抱擁のなかで体の力を抜き、くったりと首をかたむけた。
 全身が弱い電気を流されているみたいにヒクヒク動く。濃い余韻――桃色の裸身がねっとりと汗を噴き、艶美におぼろめいた。
 死の一歩手前まで命を燃焼させた少女の恍惚――瞳から光の消えた美貌には、放心しきった淫麗な痴笑が浮かんでいる。

「……あはぁぁ…………すご、かった……」

「この……馬鹿……」健一郎が、胸がつまったような声をだして、彼女の肩をより強くうしろから抱きしめた。
 彼女の体にまわされて震える健一郎の腕にのろのろと触れて、美奈は絶えそうな声で言った。
 安心させようとして。

「だいじょうぶ、です、よ……ちょっと、よすぎて、からだが、おどろいた、だけ……
 かんたんに、しんだり、しません……ねだったのは、わたし、ですから、気に、しないで……」

「――なんでだ!?」

 健一郎がとつぜん叫んだ。
 こらえてきたものが爆発するように。

   ●   ●   ●   ●   ●   ●

 限界だった。健一郎のほうが。
 ぐったりした美奈を横抱きにして体の前に抱えなおし、歪んだ意地の最後の一片を投げ捨てて、彼は叫んだ。

「なんで、僕にここまでするんだよ!」

 今しがたの、発作のごとき美奈の体の変調で――こいつ「まで」失う、いや、こいつ「を」失う――その可能性に直面したとき、はっきりわかった。

 もう、自分にはできない。
 ミナへの罪悪感を消すことは決してできない。
 ミカへと向けた憎しみを上書きしていく、こいつの優しさを、こいつの微笑みを、こいつへの罪の意識を、心から消すことができない。
 これ以上、こいつを踏みにじろうとすることができない。

 勝てないと思い知らされた――こんなに細くて壊れそうな体のこいつに、勝つことができない。

「なあ、なんでここまで我慢する!? 死ぬところだったんだぞ――僕のすることなら、殺されるまで受け入れ続けるつもりかよ、おまえは!
 『いつだって、ひとつだけなんでも言うことを聞いてやる』といっただろ!?
 責める言葉を言え、僕を罰しろよ! ……せめて、『美佳の代わりにされるのはもういや』と言えよ……言ってくれ……」

 血を吐くような声で彼は嘆願し、それから、

「……いいや、もう、やめだ……こんなのは、こっちがおかしくなりそうだ……」

 精神的に憔悴しきった声を出して、彼は、美奈の儚い体を正面から抱きしめた。

「ミナ、僕にはおまえがここまでする価値なんて、ないんだぞ……
 ……好意があったって、いままでされたことで醒めるのが普通だろ……おまえが怖い、わからないよ……なんで僕を責めて、憎んで、軽蔑しないんだよ」

「……責めることなんか……できませんよ」

「だから、なんでだ……!?」

「お姉ちゃんが駆け落ちしたとき……ケン兄は、想いが醒めましたか……?」

「っ……」

「わたしも、ケン兄と同じだから……きっと、自分がその立場だったら、あのときのケン兄みたいになりました……軽蔑することなんか、できません……
 それに……それにねえ……お姉ちゃんの駆け落ちは、わたしのせいでも、あるんです……」

 耳元の声に、ざわりと、健一郎は血が引くのを覚えた。
 体を離して彼女を見る――美奈の笑顔――困ったような、泣き出しそうな。

   ●   ●   ●   ●   ●   ●

 話すことを、ずっと美奈はためらってきた。自分勝手な想いで。

 だがもう終わりだ――健一郎に話さなければならなかった。でないと、時期的に取り返しがつかなくなる。
 力ない声で、語り始める。

「むかしから、お姉ちゃんは、病気がちな妹のわたしを甘やかしてくれた……ぬいぐるみでも、お菓子でも、わたしがほしがったものは、なんでもゆずってくれた……
 だからわたし……だれのことが好きか、隠したままでいなくちゃ、いけなかったのに……」

 後悔にまみれた告白をつむぐ。

「ケン兄とお姉ちゃんが付き合いだしてから、ずっとずっと心の中で、お姉ちゃんに嫉妬していたんです……
 だから……あの日の前に、お姉ちゃんに相談されたとき……お姉ちゃんにはケン兄じゃない好きな人がいるって知ったとき……『許せない』って、思ってしまって……」

 わたしがケン兄しか見ていないように、ケン兄はお姉ちゃんしか見ていなかったのに。
 わたしは、お姉ちゃんにならしょうがないって思おうとしていたのに。
 わたしのいちばん大好きなふたりならって、ずっと押し殺して、諦めていたのに……

「かーっとなって、嫉妬むきだしで、お姉ちゃんだって辛かったことなんかぜんぜん考えず、いっぱい、ひどいことを言いました……
 弱りきって頼ってきてくれたお姉ちゃんに……それまでわたしを守ってくれていたお姉ちゃんに……
 お姉ちゃん、あれで間違いなく、わたしがケン兄のことを好きだと気づいたと思います……
 きっと、それで、『自分さえいなくなれば』って、かんがえて……」

 美佳が読みそこねたのは、捨てられたことで健一郎が壊れたことだったろう。
 妹がどれだけ彼を好きかは察しても、彼がどれだけ自分を好きかは、姉は本当にはわかっていなかったのかもしれない。

 だからといって、美奈は自分の責任を忘れることはできなかった。
 お姉ちゃんをあんなふうに感情的に責めるのではなかった。せめて、ケン兄と話し合うよう取り持つべきだった。わたしがそうしていれば、もっと別の結末があったかもしれないのに……と。
 姉がいきなり出奔した理由の一端は、まちがいなく自分にあると美奈は知っていた――それゆえに、姉にも、健一郎にも、美奈のほうこそが罪の意識を強く抱いていたのだ。

 美奈は声をつまらせる。

「ゆるしてください……」

 美奈にはわかった。幼馴染みを見つめ続けてきた彼女には、同じ立場の健一郎の想いがよくわかった。彼がどれだけ衝撃を受けたかを思うと、慄然とした。

 償おうとした。
 姉が去って壊れた健一郎に、自分のすべてをさしだしてでも償うつもりだった。
 最初は、自分の命にさえも無関心になった彼を、この世につなぎとめるところから始めなければならなかった。

 健一郎がひきこもる部屋に入るとき、かつて姉が着ていたお下がりの服を選んだ。姉の香水をつけた。
 出て行けと激昂する彼の腕にしがみつき、いっしょに部屋を出よう、せめてなにか口にしてと懇願する間も、体を密着させていた。
 血走った彼の目に暗い情欲がうずまきはじめても、離れなかった――姉の服をまとったまま、ずっと体を押しつけていた。

 なんとか彼の心を動かそうというくらいの意図で、襲われようと計画していたわけではなかった。
 でも、“そうなってもいい”という思いが間違いなくあって、“そうなればいい”と思う心さえきっとあったのだ。ほかの家族のいない時間帯を無意識に選んだのだから。
 結果として、彼に罪悪感を負わせてしまったが、彼を現世に引き止めることができた。

 現世に引き止めつづけるために、それからも体を差し出した。
 健一郎が抱く現世への執着は姉に関連することだけだろうと知っていた。だから、彼が、自分を通して姉を見るようにしむけたのだ。

 笑顔でいようとしたが、苦しかった。
 強引に犯されようが屈辱を強いられようが、健一郎にされているのだから、それ自体は耐えることができた。
 彼の、姉への想いを、自分の体を通じて確認させられるのがつらかったのだ。
 健一郎が見ているのは、どこまでも美佳であって自分ではない。あるときまではそう思っていた。

 けれどそのうち、美奈は気づいた。
 健一郎が、美奈への罪悪感をどんどん膨らませていくことに。
 それから解放されるため、罰が欲しいと無意識に望んでいることにも気づいていた。
 最初は居心地が悪かった。健一郎を安心させてやりたくて、自分のせいだということを何度も話そうとした。

 ……だが、私心が入った。
 罪の意識を抱いているとき、健一郎は「ミカ」ではなく「ミナ」を見ていてくれる。
 それに気づいたとき、「話したくない」と思ってしまった。
 すべてを打ち明けて話してしまえば、彼のその罪悪感を消すことになるかもしれない。

(いやだ……消してしまいたくない)

(罪悪感がなくなれば、たぶん、ケン兄はわたしのことを気にしなくなる)

(きっと、わたしと一緒にいても、ずっとずっとお姉ちゃんのことを考えているようになる。
 こんどこそ、わたしを通して、お姉ちゃんしか見なくなる)

(――そうだ、罪悪感だけがただひとつ、かれの心に刻まれたわたしの――)

「……だから、いままで話さなかったんです……
 ずるい女、でしょう?」

 虚ろな笑みを浮かべながら言った――後半は、湿った声に変わっていた。
 石のように固まっている健一郎に力なくすがり、頬をかれに押し当てて美奈はすすり泣いた。

「ごめんなさい、こんなことになって……お姉ちゃんを、失わせて……」

 わたしが、あなたをほしがったから。

「ごめんなさい、ケン兄……ずっと黙っていて……気に病む必要のなかったことを気に病ませて」

 このまま、少しでもわたしを見ていてほしいと思ってしまったから。

「ごめんなさい……好きです……ごめんなさい……」

 彼の想いの行き先をずっと知っていながら、焦がれていた。
 絶対に叶わないとわかっていたから、自分の想いを告げることなく、秘めたままためこんだ。最後は姉を糾弾して彼をゆずってもらった、卑怯者。

 しかし、健一郎は、「違うだろ」と、美奈の体をそっとはがした。

「おまえが謝ることじゃない。
 それに、おまえが望んでいたからって、僕の責任がなくなるわけがないだろう。罪の意識が消えるわけがない……」

「ケン兄、でも……」

「僕を甘やかすのもいいかげんにしろ、ミナ。
 僕はおまえの意思なんか確かめないまま、傷つけるつもりで押し倒したんだ。そのあとのことも……」

 言いさして絶句した彼の顔が、沈痛に青ざめている。
 これまで良心とともに心の底に押しこめられながら、育ちつづけていた悔恨が、一時に噴出してきたのだった。

 ――やっぱり、昔のケン兄。
 美奈は、後悔で言葉をつまらせた彼の態度に、そうと悟った。この人は元に戻りかけている。
 では……本当にこれで、この日々は終わりになるのだ。
 感傷を振り払って、彼女は言った。

「それなら……ケン兄、やっぱり」

 頃合いだ。
 先延ばしにしてしまっていた、最後の仕上げの時が来ていた。
 ――夕星のきらめきの下、窓から見える風見鶏のある赤い屋根で、夜のカラスが鳴いている。
 その、物寂しげな鳴き声に混じって、なぜか、かつて姉と歌った歌が聞こえる気がした。「憐れみたまえ」の賛美歌が。

(もう、わたしは十分に……)

 主の憐れみをたまわった。体だけでもしばらく彼を独占できた。一生、思い返せる恋だった。
 歪んだ幸せは、このあたりでおしまいにしなければならない。
 彼女は言った――湿りが残る、しかし決然とした声で。

「どうしても叶えてほしいお願いを、聞いてくださいますか」

 健一郎は目を開き、迷う色もなく即答した。

「言えよ」

「はい」

 美奈は、抱きついたまま伸び上がるようにして彼に唇を近づけた。
 裸の胸と胸をぴったりくっつけ、互いの鼓動を重ねた。
 心臓の音のなかで厳粛に誓わせるように。

 そして、美奈は彼に願いごとを告げた。







ねがいごと〈幕間3〉



 制服を剥かれ、黒いニーソックスだけを残されて美奈は全裸にされた。
 赤いアイマスクで目隠しされ、おもちゃの手錠で両手首を拘束された。

 手始めに背面を愛撫されたときは、思考能力はまだ残っていたはずだ。後半はかろうじてではあるが。
 美奈はうつぶせに寝かされ、うなじ、耳たぶ、背中、太もも裏、わき腹、つぶれた横乳、それに臀部などをゆるゆる愛撫されて、長い時間を焦らされた。

 彼の手のひらや指先や唇が、触れるか触れないかのフェザータッチで柔肌の上を、あせることなく一定の速度で這いまわるのだ。
 彼の枕に顔を埋め、あえぐうちに全身が総毛立ち……毛穴が開いて汗が噴き、ヒクヒクと尻が痙攣し……ベッドに押しつぶした乳房がじんじんうずき……
 雪のように白かった肌が赤らんでいよいよ汗でぬめり……彼の手が内ももをスーッとなでたとき、ひざを開いてしまい……
 円をかくように双臀の球面を撫ぜられたときは、なにかをねだるように尻をヒコッと持ち上げてしまい……淫らにふやけあえぐ膣口からこぽりと濃い愛蜜の滝をこぼし……

 身体の奥のなにかを目覚めさせられ、肉体の発情状態を何段階も先に進められていくような前戯。
 視界と手の自由を奪われているからこそ、より敏感に愛撫を受け止めてしまった。
 また、その間ずっと健一郎の枕に顔を埋めていたせいで、呼吸が速くなるほど彼の体臭を感じさせられてしまった。自分を調教した愛しい雄のにおいに、全身の細胞が彼を求めてうずいてしまうのだ。

 最後には、あまり体重をかけないようにではあるが背中にまたがられ、ボディオイルをわずかにつけた手で腋のくぼみをヌルヌルとこすられはじめた。
 子供のころ、ふざけて取っ組み合いをしていた健一郎と美佳の二人の遊びに入れてもらい、押さえつけられて二人にくすぐられ、泣き出してしまったことを思い出させられる責め。

 ……成長してからのこの腋責めでも、美奈は顔を真っ赤にし、首をふって悶え、すすり泣き、おさえこまれた身をよじってシーツに波のような皺をつくり、妖しい快楽でのよがり声をほとばしらせた。
 美奈が枕を噛んでむせびを殺しながら、その異常な場所での絶頂に震える艶景を健一郎に見せるまで、その責めは続いた。

 その後、決定的に自分の理性が飛んだのが具体的にはどのあたりだったか、美奈にはよくわからない。

 包皮を剥かれたクリトリスを執拗に口唇愛撫でねぶられ、仰向けでベッドにのけぞって恥丘を彼の口に押しつけ、刺すような絶頂を間断なく極めさせられていたときか――

 蜜壺に指をさし入れられ、陰核裏側のGスポットを粘っこい指使いで刺激され、脚をひらいて潮を繰り返し噴き、魂を引っこ抜かれるような肉悦に叫びっぱなしにされたときか――

 健一郎の長い指で子宮口周りをまさぐられ、今度はまたイかせない焦らし責めを受け、子宮の発情を臨界点ぎりぎりまでおし進められて、わけがわからなくなりかけていたときか――

 拘束された手を壁につかされて、立ちバックと呼ばれる後背立位でようやく挿入してもらえたときだったかもしれない。
 子宮口焦らしでうずきにうずいていた膣奥を、後ろから貫く男の肉に一気に突き上げられた瞬間、美奈は快楽を爆ぜさせてしまった。よだれをこぼして切なく叫びながら。

「イクッ! ひっ……ひいいっ……っ!」

 しかも、健一郎もいいかげん我慢できなくなっていたようで、絶頂する蜜壺肉に卑猥に絞られてあっさりと最初の一発目を放った。
 絶頂の最中にその射精を受け止めさせられて、美奈は脳が溶けそうになった。
 以前にいやというほど仕込まれた膣内射精の快楽――久々にこってりと子宮に浴びせられると、丹念に準備された体がたまらなかったのである。
 甘鳴きしながら太ももをすりあわせ、内また気味でひざをがくがく震わせて、続けざまに子宮で達した。

 その体位がそれだけで終わるはずもなく、抜かれないまま責められ出した。

 けれど、まだその腰使いは、躾けられた女体には物足りなさ過ぎるもので……奥に入れてくれてはいるが、抽送は2センチ程度の、それも決して速くはない腰づかい。

 それに反して、上半身への愛撫は濃密にほどこされた。うなじにキスマークをつけられ、くれないに染まった耳たぶをかじられ、耳の穴を舌で犯された。
 形のよい乳房をねちっこく背後からすくい揉まれ、胸愛撫で悶えさせられた。
 小さめで薄い色だった上品な乳輪まで、興奮状態でぷくりと乳肌から浮いて膨れてしまった。それなのに、そこにコチコチの乳首を押しこむように指を埋められて、乳房ごと円を描いてこねくり回されるのだ。
 酸欠になったように美奈はあえいだ。乳腺が開いてしまいそうな両胸からの快感に、簡単に胸だけで達しそうになってしまう。

 そして、上半身への責めのすべてが下半身の情欲を煽った。
 一度射精を受けたのに、美奈の体はまったく満足してくれていなかった。
 かえって、子宮に直接媚薬を浴びせられたように、精液を詰め込まれた奥はじくじくうずきはじめたのである。

(うごいてほしい)(突いてほしい)という肉の飢餓感で発狂しそうになり、結果、

「自分で尻を振って……そんなに待ちくたびれたか?」

「ひぃっ、だって、や、腰がぁ、うごいちゃっ……あんっ」

 低い声で言われたとおり、男をくわえこんだ美奈の尻は、なめらかな肉感を背後に押し付けながら艶めかしくよじりたてられていた。
 子宮口に亀頭を食いこまされたまま、左右にねっとりくねり、ときおり後ろにしゃくり振って、柔らかい桃丘を弾ませながら夢中で快感をむさぼっている。
 意思をはなれて動く身体に愕然とするだけの気力ももうなく、美奈は濡れた羞恥の鳴き声をあげるしかできなかった。

「いやぁ……あぁ、あぁぁ……っ」

「嫌? とろんとしたエロ惚け声でなにを言ってる。……子宮、気持ちいいか?」

 ようやく彼がスピードを上げてくれた。
 小刻みな抜き差しは相変わらずだったが、とろけた膣奥でぐちぐちとそれが速まっていくと、刺激はたちまち子宮が燃えるような官能に化けた。
 せりだした子宮口を亀頭が小突き、カリが膣奥の肉ひだを一つずつめくり返すたびに、美奈の思考も甘声もよじれていく。

「ひぅ、胸の先つまんじゃ、ぁ、いきます、ああイクっ」

 周到な前戯で、とっくに下ごしらえが済んで、女の肉がトロトロになっていたところだったのだ。
 両乳首をコリコリと指でつぶされて軽く達してしまったのを皮切りに、そのまま細かい絶頂が止まらなくなり、

「ふあああぁっ、なか、びゅーってぇ、すごいのくるのぉ、あぁぁあああああっ……!」

 ドプンと二発目の精液を注がれたときはひときわ深い絶頂に陥ってしまった。
 目隠しされた少女の眉が八の字に下がる。宙に突き出た舌がわななき、若い牝の発情香が甘く立ちのぼる。
 絶頂する子宮口を亀頭でくじられながらドクドク注がれると、精液のとろみも熱さも勢いも、ほとばしるすべてが、子宮が溶けるような肉悦につながった。

「あひぃ……い゙…………い……」

 あれだけ噴かされた後なのにまた潮を漏らしてしまっていた。
 可愛らしい尿口がぱくぱくあえいで、ピュッ、ピュッと潮液を飛ばす。子宮口に伝わる男の律動に同調した、リズミカルなほとばしりだった。
 溶かされた腰の中身を尿道から飛ばしてしまっているような絶頂感が、断続的に訪れる。子宮口絶頂での重い余韻とあいまって、肉の桃源郷に放りこまれた心地だった。

「あああ……あ……きもちいい……しきゅうに、ぶっかけられへぇ、イクの続いてますう……」

 潮射精に連動して、勃起したクリトリスがヒクつきっぱなしになっていた。精通を迎えたばかりの小さな男の子のような有様――紅艶に上気した美貌がだらしなくあえぐ。
 うごめく膣ひだが肉棒をしゃぶりたてる――男の腰におしつぶされるように密着した美奈の双臀は、しっとり汗をにじませて細かく震え、蜜壺で残り汁まで搾っていった。

 震える少女の、ニーソックスの足の間――ぼたぼたと、精と愛蜜の潮の混合液が白濁溜りをつくっている。
 壁についている手で体を支えられなくなり、くずおれる寸前に健一郎に抱きとめられた。

「気をつけろ、手間をかけさせるんじゃない」

 彼の焦った声。不機嫌な怒りを装った声――自分で気がついていないのだろうか、と美奈は夢うつつに聞いた。
 美奈をこんなにも優しく抱きとめながらだと、どんなに苦々しげに言おうとしても、説得力なんてないのに。
「いつものようにしてやる」と言いながら、彼の抱き方は、最初の頃と現在ではまったく違うものになっている。

 それとも……気遣ってくれているのは、わたしの体だけだろうか。

 先ほど、「必要なのはミカに似たこの体、ミナとしての意思はいらない」と言われた。彼はすぐに撤回したけれども、本当に望んでいたのかもしれない。
 この人が望むならわたしはそうなろう。肉の人形にでもなんにでも。
 心を殺すのは、簡単だ。
 罪深いこの淫らな行いにとろけていればいい――あまりの気持よさでただ頭を真っ白にして、動物のように泣いて叫んで、彼の足元に仕えて、命じられたら彼に奉仕して……

 ううん、違う――美奈はこくんと喉を鳴らした。
 これはわたしの願望だ。いつまでも彼のそばにいたいから、楽な道を選ぼうとしてしまっている。けれどこの関係は、もうすぐ終わらせなければならないのだ。
 そうとわかりながら、美奈はそっと彼の腕に触れた。

 でも今日だけは……溺れていたい。最後になるかもしれないなら、なおさら。







ねがいごと〈3〉


 ケン兄を立ち直らせられれば。その思いで、美奈は身体で彼を慰めようとしてきた。

 ……それだけとは、主張しない。
 この爛れた日々のなかには、美奈にとっての幸福がたしかにあったから。

 健一郎は美佳が――美奈の姉がいたころには、優しくはしてくれても決して振り向いてはくれなかった。いや、美奈の想いに気づきもしなかった。
 それが、どんな形にしろ今は美奈を求めてくれるのだ。
 今の状況を終わらせたくないと浅ましい願いが芽生えていた。

 代償は、それなりにあった。
 自分でも知らなかった淫らな本質を引き出されることになったのだ。

「温雅で物静か、体が弱くたおやかなお嬢様」――美奈は周囲にそう思われていた。
 が、そう評価した者たちが、健一郎に抱かれているときの美奈を見れば、恋情と官能を激しく燃焼させる彼女の、あまりに淫麗な狂いように唖然としただろう。

 美奈は健一郎の愛撫で、肉体そのものが変えられたのかと思うほど、女としての業を引き出させられた。
 被虐的な快楽の妙味を覚えさせられた。無垢なところ、彼の精液を浴びなかったところは残っていない。
 彼に抱かれること自体に抵抗はなかったが、淫らな女と軽蔑されるのは嫌だった――だから、最初は快楽と戦おうとした。けんめいに肉の反応を拒んだ。

 けれど毎回、最後は必ず、いじめられる悦びの前に屈服させられて、気がつくと惑乱の声をあげながら双臀を揺すって止まらない絶頂に泣き叫んでいる自分がいるのだ。
「何を言ってもお願いには含めないから言っていいぞ」と許可を与えられるや、恥もなにもなく媚声で「許してください、これ以上気持よくしないでください」と哀願してしまうほどに肉を堕とされてしまった。
 朦朧としながら男根を唇と舌で掃除させられると、考える力もなく残り汁をジュルジュルと吸い上げて、それを美味しいとさえ感じるようになってしまった。

 美奈は自分の体が破廉恥なほど快楽に弱いことを認めざるをえなくなった――そして、堕とされることを受け入れた。
 いったん受け入れてしまえば、それすらも後ろ暗い幸福の一部となった。それは甘い毒のように美奈の肉体も精神もむしばみ、倒錯した深い悦楽をもたらした。

 こうやって乱れるわたしのほうが、本当のわたし。
 あの人に教えられた、本当のわたし。
 蔑む言葉をかけられ、もてあそばれる奴隷の扱いを受けることにも、ひそやかな喜びを覚えるようになった――被虐性癖の開花だけではない。
 彼の手で変えられていくことが、嬉しかったのだ。

 時間が迫っているのはわかっているけれど、もうすこし。もうすこしだけこの毒に浸かっていたい。彼のそばにはべっていたい。

 その美奈のささやかな幸せも、この秋の日、終わることになった。

   ●   ●   ●   ●   ●   ●

 窓をおおったカーテンが、受け止めている西陽を透かしてオレンジに燃えている。
 琥珀色の淡い夕闇の室内、美奈は口づけに酔いながらぼんやり考えた。
 苦しい。心が。

 もともと、今日、きつめに抱かれることは覚悟していた。
 危険日よりも、安全日のほうが健一郎の責めは容赦なくなる。それでも避妊具無しのことはほとんどない。
 ……するときには、一日かけ徹底して、膣出しされる官能を植えつけられ、美奈の理性が溶けて自分から膣内射精をねだるまで精神を堕とされるのが常だが。
 そして今日はおそらく膣内に出される日だろうと、予測がついていた。

 けれど、いま苦悩しているのは、そういうことではなく――

(こんなに優しく抱かれることが、一番つらいなんて思わなかった……)

 健一郎の愛撫で官能の愉楽にあえがされているのは同じだけれど――その日の交合は、いつもとは違った。
 導入からしてそれまでと様相が違っていた。

 まず、姉の美佳の服を着なくてよいといわれた。学園の制服のまま部屋に来いと。

 ベッドに座る健一郎の膝のうえに横座りさせられた。
 すぐに脱がされるのではなく、制服の上から優しく愛撫されながら、何度も何度もキスされた。
 ひたいや頬やまぶたや唇に触れるだけの軽いキスの雨をたくさん降らされ、それから唇と唇をしっとり深く重ねられた。

 まるで恋人同士が営みをはじめるときの手順――美奈は戸惑い、いぶかしんだが、疑問よりも圧倒的に大きかったのは、わきあがってきてしまう甘酸っぱい幸福感だった。

 健一郎の右手が美奈の後頭部を抱いてきて、指で耳朶をくすぐり、つぷりと耳穴にさしこんできた。その時点で少女はわななき、ぶるりと腰をよじってしまっていた。
 彼の左手で片方の乳房を丁寧に揉みあげられながら、彼の唾液を流しこまれると、体も頭の中も陶然とゆるんでしまった。
 情感が高まって、うっとりと芯からほころびて、愛しい人にいただいた唾液をこくんと嚥下してしまう。犬ならぱたぱたと尻尾をふっていただろう。

 けれど……

「……『ミカ』」

 キスの合間に、彼が目をつぶってぽつっと言った言葉に、幸福感は消し飛んでぎゅっと胸がつまった。
 ああ、そうか――大事な者を扱うようなこの始め方は。
 彼が、姉を抱いていた手順の再現なのだ。

 悄然と涙がにじみそうになって、それをこらえる。
 そうだ、自分で言ったことだ。姉の代わりにしていいと。なら、責任をもってやりとげないとならない。

 また、深い、優しい口づけ――美奈の心が軋む。覚悟はあっても、やっぱり苦しい。
 けれど体は反応して、自分からぴちゃりと舌をからめた。

 ワンピース風の制服のスカート部をまくりあげられ、ショーツの上から股間を男の手に押さえられた。健一郎の手が下着ごしに陰唇をなぞって、秘部を前後に摩擦してくる。
 いつもより丁寧な愛撫を哀しく思った――けれど美奈の肉はみるまに奥から濡れ、じわりと愛蜜をにじみださせた。
 さすられる下着の底がクチュクチュ水音をたてだすと、健一郎のキスはむさぼるような情熱的なものになった。

 美奈のうなじをおさえた右手でぐっと抱きよせ、力強く美奈の舌を吸い、からみあわせてねぶりはじめる。
 そうしながら、左手では巧みに、する……と美奈のショーツを脱がせて、黒のニーソックスを穿いた脚から抜いた。
 激しい口づけにうめき、それさえ唇で封じられてくらくらさせられる。酸欠になるほどの長いキスに、美奈はいつしか酩酊したように上気してしまっていた。

 唇がようやく離される――銀の糸をひきながら。
 あえぎ、ぽうっと酒を飲んだような顔色になっている美奈に、健一郎が命じた。

「こっちを向いてまたがるんだ」

 健一郎が導くままに体の向きを変えさせられた。
 下着だけ抜き取られて、早々と結合させられる――腰掛けた彼にまたがらされ、向い合って抱きつく、いわゆる対面座位の格好。

「ん……ふっ……」

 そそりたつ男の先端をきつく締まろうとする膣口に当て、白い尻を下げる――
 亀頭に押されて桃色粘膜の口径が開き、にゅぷっと肉棒の頭が押し入る。肉棒がじわじわ胎内を進むと、胎内の膣肉がさっそくぷりぷりからみつき、雄の肉をもてなしはじめた。

 結合部をおおいかくす制服のすそを、腰の上まで引き上げられる。健一郎が、美奈の双臀を抱えてきた。
 のっけから、彼女の膣内の勘所を知り尽くした細かい動きを送りこまれ、美奈はおもわず足指をきゅっと握ってしまった。子宮がじゅくっと甘痒くしこる。

「今日は前戯はさほどしていないが……挿れたまま蕩かしてやる。すぐにそうなる。おまえはミカと、感じる場所も感じる責めも同じだからな」

 ゆるやかな腰使いでじわじわ性感を煽られつつ、首元のリボンタイをしゅるりとほどかれる。
 制服のボレロを脱がせ、少女の白いのどに顔をうめて、鎖骨の上にキスを降らしながら、健一郎がささやいた。

「僕は『ミナ』には用がない。おまえが僕をどう思っていようが知ったことじゃない」

 ――心が。

「用があるのはこの体だけだ……ミカに似ているこの体だ。
 すぐへたばることをのぞけば、おまえの体は僕には都合がいい」

 千々に。

「おまえは僕にとって、ミカの代わりでしかない。わかっていただろ?」

「はい……」

 首筋から耳の後ろまで舌先で舐め上げられて背筋をわななかせながら、美奈は虚ろに返事した。
 体はとても丁寧に抱かれて、蜜に漬けられるかのような甘悦を与えられているのに――
 胸の奥が、裂かれる痛みに悲鳴をあげている。

 ……それでも、彼の宣告どおり、肉は蕩けてしまうのだ。

 健一郎が蜜壺をならすように、一定リズムで奥を、小さくノックするように繊細に突き上げてくる。
 同時に、まくりあげられたスカートすそからちらちらのぞく、丸く柔らかい美奈の尻たぶを、左右それぞれ手をかけてこねまわしてくる。
 時間がたつうちに、出したくもないのにしぼりだされる艶声が徐々に高まってしまう。

「……ぁ……」

「……ん、ぁっ……」

「うぁっ……ン、ふぅっ……」

 美奈の白かった肌がうす赤く火照りだす。
 白い尻房の双球が、男の手に媚びるように汗をにじませ、揉み心地をしっとりと良くする。
 蜜壺の無数のひだが蜜をからめてざわめき、貫いてくる男の肉の表面をねぶりはじめる。
 結合部からあふれた蜜が、べっとり彼の下腹から内ももを濡らしてしまっていた。

 健一郎が言った。

「脚をこっちの胴に回せ」

 ……まるで下から男に抱きついて射精を受けるときのように、黒のニーソックスを穿いた美脚で、彼の腰をきゅっと巻きしめさせられた。
 健一郎もまた、手をかけていた美奈の尻をぐっと引き寄せてくる。

 座位による結合がより深まり、性感帯と変えられた子宮口をなおさら刺激された。羞恥と悦感のあえぎが美奈の唇からこぼれる。
 それだけではなかった。体前面の密着が強まった結果、陰核が彼の恥骨で押しつぶされ、快美のしびれが神経を走った。

「ンンっ……や、……やぁ……」

 恥知らずな肉豆が恥毛にこすれて勃起し、さらにトクトク脈うって膨らんでいく。

「当たってるだけでわかるくらい勃起しているぞ、恥ずかしい粒が」

 健一郎がささやいて、また唇を重ねてくる。
 同時に、腰の前面をすりあわせて、美奈の陰核をコリコリすり潰すような動き。

「~~~~!」

 恥丘の下のその一点から刺激が流れっぱなしになり、美奈は目の焦点を散らして、くぐもった叫びを唇と唇のあいだで漏らした。
 子宮が痙攣する。まぶたの裏でぱちぱち閃光が散る。
 反射的に腰を引こうとしたが、彼の手に双臀をぐっと引きつけ直された。またすぐ恥骨をこすりあわされる羞恥の密着体勢にもどってしまう。

 刺激されつづける陰核が限界まで充血する。包皮がにゅるりと向きあがってつやつやした肉真珠がこぼれでる。
 少年の硬くはえそろった恥毛が、ぞり、と敏感すぎる剥き身を摩擦した。その一瞬で、電流があっけなく美奈の脳裏を焦がした。

「ひああぁぁっ!」

 痛みか快楽かすら判別できないうちの、瞬間的な絶頂だった。隠すこともできなかった。唇を離して叫んでしまっていたから。
 健一郎が淡々と言った。

「ほら、な? 反応が同じだよ。気持よかったか?
『ミカ』。……いっそ、これからはそう呼ぶか」

 彼のその呼びかけに、

「わ……わたしは」

 ……受け入れると覚悟したはずだったのに、のろのろ舌が動き、否定の言葉が切れ切れに出た。

「わたし、は……ミナで……」

「……ミナじゃない。『ミカ』だ。そう呼ぶぞ、この時間は。いいんだな?」

 いやです。美奈の内で、冥い深淵がそう叫んだ。

 わたしの名前を呼んでください。
 お姉ちゃんの代わりでいいと言ったけれど、本当は、本当の本当は、こうしている間ほんの少しはわたしのことも見てほしかったんです。
 あなたがわたし自身をかけらも見てくれなくなるくらいなら、前のように鎖と首輪をつけられてひきずりまわされて、罵られているほうがずっとずっと幸せなんです。

 押し殺して、承諾した。

「…………わかり、ました……」

 さすがに顔を上げていられず、暗然とうつむく。
 ……どちらも、何も言わなかった。
 美奈が顔をあげようとしたとき、健一郎の苦い声が聞こえた。

「ばか……本気にするな」

   ●   ●   ●   ●   ●   ●

(わかりましたとか言うんじゃない)

 健一郎の小細工は、あっさり失敗した。まさか、恋心をずたずたにするような一連の発言の後でも、美奈が受け入れるとは思わなかったのだ。
 自分はいま、さぞ情けない顔をしているだろうなと思った。こらえきれない涙をにじませてうつむいている美奈を見つめる。

(はやく僕に愛想を尽かせよ、この馬鹿娘)

 健一郎は、美奈に、どうにかして彼への愛情を醒ましてほしかった。
 ここしばらく、さんざん虐げていた美奈からの愛は、罪の意識で彼の胸をえぐるだけだったから。

(それなのに、なんで耐えようとするんだ、こいつは)

 かえって、罪悪感が増すばかりだった。

「ばか……本気にするな、ミナ」

 苦渋に満ちた声で、そう言うしかなかった。
 美奈がきょとんと顔を上げて彼を見る。しかし、その目はすぐ、哀しげな色を浮かべた。
 その表情に無理やり浮かべた微笑が広がるのを、健一郎はなぜか不吉なものとして見た。

「ありがとう……いいんです、好きなように呼んでくださって」

 無限の許容とひたむきな情愛の混じった目。

(こいつ、はったりだったと信じていない。僕が本気で言って、こいつの様子を見てそれをひっこめたと勘違いした)

 どう言えばいい?
 本当はとっくに、美奈を美佳と重ねることに罪悪感を覚えているのに。
 まして、美奈の想いにはっきり気づいた今は、それを試みるだけで、心痛は耐えられる限度を超えそうになる。

 決して心の表面には出さなかったけれども……胸底でひとつの声がしていた。こんな奴を好きだなんて、ミナがかわいそうだ。
 かつての健一郎は、美佳に恋する一方で、美奈については「幸せになってほしい」と漠然と思っていた。過去の彼が、ほのぐらい夢の中から、現在の彼を厳しく見つめている。

 かといっていまさら優しく慰撫することもできず、結果、まったく関係なく嘲弄するようなことを言った。

「おまえ……レイプまでされておいて、よく僕のような屑にそこまでへつらえるな? ご主人様が欲しい天性の犬体質かよ」

 本音――なんであんなことをした僕なんかを好きなんだ。そこまでしようとするんだ。
 こんなこと、おまえが「お願い」さえすればいつでもやめてやるよ、はやく嫌になって投げ出せよ。

 ……美奈がぎゅっと健一郎の頭を抱いた。

「ケン兄は、屑では、ありません」

 仔羊のような彼女の温かみに、健一郎はあっけにとられ、それから顔が歪むのを感じた。
 阿呆か。屑だよ。ほかの何だ。
 おまえには、少なくともおまえにだけは十分すぎるほどひどく当たってきたんだぞ、ミナ。

 耐え切れなかった――抱きしめてくる美奈の温もりが。

 温かさを、過去のすべてを拒絶するように、健一郎は彼女の腕をふりほどいた。黒い心をかきたてた――それはかっと勢いを増した。消える間際の火のように。
 体勢を入れ替えて、引き倒すようにベッドに美奈を転がしてのしかかった。小さく驚きの声を出した美奈の、濡れ羽色の黒髪がシーツに広がる。

「……なるほどね。よっぽどいじめられる抱かれ方が忘れられなくなったというわけか? 淫乱なのは知っていたが、こんなにまでとは思わなかったぞ」

 つながったままの腰を引いて、吸いついてくるような蜜壺からぬぽんと肉棒を抜くと、刺激をうけた美奈が今度は「んっ」と声をあげて腰を震わせた。
 健一郎は眉を寄せて苛立った目で彼女を見下ろした。

「このやり方はもうやめだ、いつものようにしてやるよ」

 美奈の、すべてを許そうとする愛情に怯えた――逃げた――歪んだいつもの、お互いの関係に逃げこんだ。
 まだしもそちらのほうが、自分にとっても美奈にとってもましだと思えたから。

 そうだ……これは、型の決まった「お約束」なのだ。裏切っていなくなった美佳を挟んだ、幼馴染みの三人の。
 美佳に重ねて、彼は嬲る。美佳に重ねられて、美奈は嬲られる。
 美奈がやがて濃すぎる官能に限界を迎えれば、それを彼は察して、許しを乞わせる――その一連の流れ。

 辱められることを宣告されて、美奈の整った小顔に安堵が浮かんだ。
 それから、これから始まる隷属の時間を想像したのかうっすら赤くなり、妖しく蕩けた。
 彼を抱きしめたときは澄んでいたつぶらな瞳が、愛欲のもやを帯びて艶めいていく。

「はい……どうか、狂わせて……」

 健一郎は気付かなかった――彼女の欲情に濡れた瞳の奥に、いつもより思いつめた色があることに。







ねがいごと〈幕間2〉



 Kyrie eleison
 Kyrie eleison

 澄んだ歌声。
 新しい夢だった。

 ……それまでは、美佳の夢ばかりだった。
 あの「お医者さん」と美佳が腕をくんで、幸せそうに歩き去っていく。その後ろ姿を見ている自分はぴくりとも体を動かせない、そういう悪夢だった。
 それが、この日は違った。

 新しい夢の内容は、自分自身の記憶だった。
 小学四年生のある日、隣家に遊びに行って、姉妹が母の伏せる部屋で歌う賛美歌を聞いたときの夢だった。

 美佳がピアノを演奏しながら歌い、姉と同じ学園で二年生の美奈もまたそれに合わせて唱和する。
 姉妹の母が、ベッドから上体を起こして、にこにこと子供たちを見ている。いつもはしかつめらしい顔の「お医者さん」も相好を崩していた。


 みどりごイエスは まぶねにねむれり
 Kyrie eleison
 とわなるひかりに みめぐみあまねし


 ふだんは青白い顔の美奈は、きらきら目を輝かせて頬を燃やし、習い覚えた賛美歌を母のためにいっしょうけんめいに歌っていた。
 何度も歌ったせいで、そのうち疲れて、美奈は母親のベッドでいっしょに眠ってしまった。

 美奈をのこし、健一郎は美佳にお菓子でもたべようと誘われてリビングのほうに行った。
 だが、ドアの取手に手をかけた美佳が動きをとめた。二人でリビングの扉ごしに漏れ聞いた――隣家の親戚の大人たちが話しているのを。

 ――医者ノ話デハ、ドコガ悪イトイウモノデハナイソウダ。
 ――全部ダト。ソシテ悪イノデハナク、『弱イ』ノダト。

 ――循環器系モ呼吸器系モ。免疫機能モ自己治癒力モ。全テ、常人ニ比ベ虚弱トイウ話ダッタ。
 ――タダ生マレツキ生命力ガ弱イ……ソレダケナノデ、治シヨウガ無イト。

 ――結局、アノ子ノ母親ノ体質ヲ受ケ継イダトイウコトカ。
 ――セメテモノ救イハ、治療費ニ不自由シナイ家ニ生マレタコトダガ……

 聞いた内容はところどころ難しくてわからなかったが、とても怖かった。
 だれの話かは、すぐに名前が出たのでわかった。

 ――美奈ニハ無理サセナイコトダ。ドノミチ、人ヨリ長クハ生キマイガナ。

 美佳が横で泣いた。健一郎も、このとき美奈をとても哀れに思ったことを覚えていた。
 だから後日、美佳が「あたしたち、ミナに優しくしようね」と言って彼に指きりげんまんさせたとき、彼も心の底からうなずいたのだった。

 急に場面が暗転して、気がつけば、幼い自分と向かい合っている。
 正面からにらまれ、こちらはまともに子供の自分の顔を見られず、足元に視線を落とすしかできなくて――

………………………………………………
………………………
……

 はねおきた。
 呆然とする健一郎の部屋の内には、朝の光が満ちていた。
 時計を見る――午前十時――今度は、半日以上も眠ってしまっていたようだった。

(……何か妙だな)

 枕元をたしかめる。吸い飲み器の中の水は減っていた。飲んだ覚えが無い。
 にもかかわらず、喉は乾いていなくて、唇は湿されていた。
 ふわりと、室内にかすかに甘い残り香がただよった――美奈の匂い。

 夢のなかにしては妙にはっきりと響いていた「憐れみたまえ(Kyrie eleison)」の優しい歌声を思い出す。

「あいつ、登校の前にもこっちに来たのか」

 思わずいまいましげなつぶやきが出た。
 わざわざ来て寝ている彼の顔の汗をふき、吸い飲み器の水を口に含ませ、ことによると子守唄がわりの賛美歌をつぶやくように歌っていったのかもしれない。
 十時まで夢の中だったから、たしかによく効いたのだろうけれど。

「こういうお節介はいらないと言っただろうが、畜生……」

 ぎゅっと、われ知らず心臓の真上をつかんでいた。
 いま見た夢の原因――そしてこの胸のうずきは、罪悪感だ。
 そんなことには、健一郎はとっくの昔に気づいていた。

 子供のころ、あの話を聞いてから、美奈を守る役目は美佳と彼のものだった。美佳が去ったいまは彼一人が残っているのみだ。
 なのに、いまは、守らなければならない者を傷つけている。その現在の彼を、夢で幼い日の彼が責める目で見つめるのは当然だった。

 そして、美奈はけっして責めてくれない。
 何をされても腕を広げて、自分が与えられるかぎりのすべてを彼に捧げようとするだけだ。

 あの儚い微笑で。仔羊のような、聖母のような慈愛で。
 ――切なく健一郎を恋い慕う瞳で。

 罪悪感と同じく、目をそらして気づかないようにしてきたそれにも、さすがにもう直面せざるをえなかった。
 自分に向けられ続けている美奈の想いに。

「……なんでなんだ、あの馬鹿は……」

 髪をひきむしるように自分の頭に爪をたてて抱え、健一郎はうめいた。

「……どうして……」

 こんな男に。






ねがいごと〈2〉







 健一郎は風邪をひいていた。
 熱と息苦しさのなかで彼はベッドに寝返りをうち、手負いの獣のようなうなりを漏らした。

「体調管理なんざしてなかったなあ……」

 本来ならば受験生であったはずだった。
 彼自身もともとまめな性質で、うがい手洗いは特にテスト前には必須として行っていたのだが、あの日からこっち、そんなことに気を使ってはいなかった。
 どうせ受験などしないのだからどうでもいい。学校に行くのだっていまや単なる暇つぶしだ。

 だが、こうして寒気とだるさに苦しみながら無様に横たわっているのはもう飽き飽きだった。
 あまりの体調の悪さに学校から直帰するなり、着替えもせず倒れるようにベッドに転がって今日で三日目だ。

 両親は息子にいっさい関わってこない。かつて彼が優等生だったころも放任主義の親だったが、こうして荒廃しきってからは、腫れ物扱いという感じである。
 腐ってもあいつなら自分の面倒は自分で勝手に見るだろうと思われているのか、二階に上がってくることもなかった。まあ、実際ありがたい。

(薬は飲んだし、寝ていればそのうち治るさ)

 ワイシャツがべとつく。制服の上着はさすがに脱いだが、それ以外は三日間着替えすらしていない。

(早く治れ……)

 することもなく部屋で横たわっていると、不快なことが頭に浮かんできてしまうのだ。
 最良の日々だった過去のことが。

   ●   ●   ●   ●   ●   ●

 健一郎が幼稚園のとき、空き家だった隣家にひっこしてきたのは資産家の一家だった。
 いや、資産家といえるほどの金持ちでもないが、その家の家長が大企業の役員という地位にあるため、そこそこ経済的余裕がある家だった。
 伏せりがちの妻と、母とおなじく虚弱体質の娘のひとりにかかる医療費をまかなえる程度には。

 娘ふたり――健一郎と同い年の姉を美佳と、二つ下の妹を美奈といった。
 男勝りなくらい活発な姉と、生まれつき病弱でおとなしい妹。
 内面は対照的だが、容姿だけはよく似ていた。あまり外にでない美奈が姉より青白く、ほっそりとしていることをのぞけば。

 姉妹の母は、美奈のことを、気にかけていたように思う。
 みずからの病弱な体質を娘に遺伝させてしまったことを悔やんでいたのかもしれない。
 「お外で遊ぶとき、美奈を見てやってちょうだいね、健一郎くん」と少年は託されたことがある。

 それでも脳裏を占めてきたのは美佳だ。託されたゆえの義務感から美奈の面倒を見てやりながらも、健一郎の視線はいつしか美佳を追っていた。
 ずっと美佳に恋していた――明るい笑顔に、躍動的でのびやかな肢体に、大胆ではっきりして陰りのない気性に。

 ……こうなるまでは、健一郎は自分を、もう少しましな人間だと思っていた。

 笑顔をふりまくタイプではなかったが他人に優しくできなくもなかった。
 ともすればぎすぎすしがちの進学校だったが、健一郎は人づきあいは普通にこなしていて、なかでも親友と思っていた気の合う者が二人いた。
 勉強は最大の取り柄だった。成英学園は名の知られた進学校で、そのなかでも健一郎は上位の成績からすべり落ちたことはなかった。
 陸上部では二年生でありながら副キャプテンも務め、冬の大会では入賞していた。

 そしてなにより、通うのは別々の学校とはいえ、高校に入ってからは恋人になってくれた美佳がいた。充実した青春だったといえるだろう。

 ある日とつぜん、すべてが狂った。
 何の前触れもなく、美佳が、妻子持ちの男と駆け落ちしたのだ。

 ……美佳が消えたとき、健一郎あてに残されたのは一通の手紙だけだった。

 それによれば、美佳は昔からずっと好きな男がいたのだという。

 相手は健一郎も知っていた。
 姉妹の母親の主治医だった。

 中等部のときに一度、高等部にあがってすぐのときにもう一度告白したことがあったという。そのときはいずれも振られたと。

「長年焦がれてきたけれどどうにもならないと諦めていました」そう手紙にはつづられていた。
 だが、つい先日の母親の葬儀ののち、もう一度だけ話をして、ようやく彼が応えてくれたのだという。

 彼はこう言ったらしい。自分も美佳に惹かれていたが、診るべき患者をもつ医者である以上、美佳のアプローチに応えるわけにはいかなかったと。
 美佳とは歳の差がある――当主様にこのことが露見すれば自分は代えさせられるだろうし、そうなれば主治医としての責務が最後まで果たせないからと。

 母親が没したことでそれも終わり――彼はすべてを捨て、手をとりあって逃げると誓ってくれたということだった。

〈許してもらえるとは思わないけれど、ごめんなさい。ケンには必ず、わたしよりずっといい子が現れるから。
 どうか、体の弱いミナのことをお願い〉

 その一文が、健一郎への手紙のしめくくりだった。

 当初はわけがわからなかった。何度読んでも、意味がのみこめなかった。頭が文章を受け付けなかったのである。
 なにしろ彼は、美佳とは、大学に行ったら結婚しようとまで約束していたのだ。
 その後は一日じゅう文面を繰り返し読んだ。真夜中になって唐突に、「要するに自分は美佳に捨てられたのだ」とやっと認識できたとき、健一郎の心には亀裂が走っていた。

(昔から好きだったというのなら、僕だってお前に対してそうだったぞ、美佳)

 凍った自嘲の笑みを最後に、表情は消えた。
 気づいてしまっていた。叶ったと思っていた彼の長年の恋はけっきょく、最後まで一人相撲でしかなかったことに。
 彼が美佳に告白したのは高校に入った直後だった――つまり、この手紙を信じるなら、美佳が二度目に母の主治医に振られた直後だ。

 彼の初めての告白を受け入れたのも、抱かせてくれたのも、ベッドの上であれほど乱れた姿を見せたのも、気が早いけどそのうち結婚してほしいと照れながら求婚した健一郎にうなずいてくれたのも。
 ただ美佳は、叶わない恋に自暴自棄になっていただけだったのだ。
 それを悟れなかったむくいと言うべきか、幸福から叩き落されたあと少年に待っていたのは、惨めさだった。

 物静かな美奈とちがい、美佳はいつでも快活だった。母親の葬式のときも、さすがに悲しげではあったが、涙をこらえて毅然としていた。
 隣家ということで制服を着て出席した健一郎がお悔やみをのべると「ありがとね、ケン。母さんはケンを信頼していたから喜ぶと思うよ」と言い、逆にかれの背中をばんと叩いてみせさえした。
 ……苦悩や傷心のさまを、かれには見せようとしなかっただけなのかもしれない。

 健一郎が放心しているうちに、どんどん日がすぎていっていた。
 部屋の壁にもたれ、日がな一日、幼い日からいままでの美佳との思い出を思い返した。どこでどうすれば彼女の心をこちらに向けられたのかを自問自答した。

 学校も、部活も、成績も受験も進路も、もうどうでもよかった。

 志望していた大学にいったところでミカはそこにはいない。
 そもそも、かれの進路は子供の頃、ミカがある理由のために約束させたことだった。
 食べてもなにも味がせず、食べることが億劫になってそれも放棄した。

 部屋にひきこもって眠って、起きて、ミカのことを考えるだけの日々だった。
 彼女と駆け落ち相手の医者を追っていって殺すことを妄想し、自分が死ぬほうがよいと結論し、それだけで一日を終えていた。
 すみやかな自殺を決行しなかったのは、ただきっかけの問題だったと思う。

 親は繰り返し部屋に怒鳴りこみ、泣き、殴って目を覚まさせようとした。陸上部の者が数度来た。教師が一回来た。
 親友と思っていた者たちは一回も来なかったが、健一郎にしても彼らのことは忘れていた――つまりお互いにその程度の相手だったというだけだった。
 父親に階段下まで引きずり落とされても、黙ってのろのろと立ち上がり、部屋に入ってドアを閉めた。戸に鍵がついていれば迷わずかけていただろう。

 十数日たったころには、親さえも諦めたのか部屋に来なくなっていた。
 洗っていない服と体から異臭を放ちながら壁にもたれ、健一郎はひたすらに無気力だった。

 そのころには親には内緒で水を飲むのをストップしていたので、死が目の前にちらついていた。水断ちは、緩慢だが、断食よりはかなり早い自殺の方法だった。
 水をまったく口にしなければ人は通常、五日以内で確実に脱水症状による死にいたる。
 個人差はあるが、水の補充を断ったのちに体内の水分のわずか2~5%が失われるだけで、頭痛、めまい、幻覚などが起きはじめるのだ。ちなみに一日に体外排出される水分は2.5%である。
 水は、億劫だから飲まなくなったのではない。はっきり命を断つつもりだった。

 けれど最後に、美奈が来た。
 美佳の服に身をつつんで。

 外界のなににも関心を示さなかった健一郎の灰色の意識が、激怒の赤に染まった。
 双子かと見まがうほど美佳とうりふたつの少女が、美佳の服を身につけて自分を叱咤する――目障りすぎた。

 ひきこもってからはじめて声を荒らげた。その姿を見せるな、出て行けと怒鳴った。
 美奈は……仔羊のようにおとなしくつねにひかえめで、姉や健一郎の言うことに従順だった美奈は、この日は決して従おうとしなかった。
 涙をにじませた彼女に、腕にしがみつかれながら懇願された。

『いつまでこうしているつもりですか、部屋から出て何か口にしてください』

『なんのつもりだ、ミナ。腕をはなせ』
  (出ていってくれ、おまえにその格好をされるとおまえすら憎くなってくるんだよ)

『このままだと死んでしまいます!』

『このまま死ぬつもりでやってるんだ。はなせ。出て行け。二度と来るな』
  (本当にどういうつもりだ、この匂い――美佳の香水まで付けて。体をくっつけるな)

 何十分だったか何時間だったか――美奈がまったく諦めず、互いの声が激しくなっていった。
 健一郎の脳裏には、理不尽にもミカに糾弾されているような錯覚が起こっていた。

『お姉ちゃんだってケン兄が死ぬことなんてけっして望んでいません!』

『そうかい! あいつが気に病むというなら願ったりだよ!』
  (この服は僕がミカに告白したときあいつが着ていた服だった)
  (この香水は僕がミカに贈った物だった)
  (そうか、ミカは僕のプレゼントを置いていったのか。本命のところに行ったんだからあたりまえだな、畜生が)

『当てつけで死のうなんてそんな了見っ……意気地なし、弱虫っ!』

『……もう黙れ』
  (きゃんきゃんうるさい。頭に響く)
  (こいつを憎むな――筋違いの衝動だ、これは)
  (これはミナだ、ミカじゃない――断じてミカじゃないんだぞ、混同するな。こいつは、僕に憎まれるようなことはしなかった)

『あの世に逃げようとしているだけでしょう、お姉ちゃんに去られた現実をこれ以上直視するのが怖いから!』

『離れろっての……』
  (ぐらぐらする。水を飲んでいないせいで視界があやふやだ)
  (こいつは思っていたよりずっとミカそっくりだ、怒るときのこの激しさ)
  (似ているだけだ、こいつはミカじゃないんだ――ミカの匂い――ああ、くそ、柔らかい体――)
  (ミカのように柔らかいこの体――)

 人体は、極限状態におちいったとき、自分の遺伝子を残そうと性的欲求を増大させる現象をたびたびおこす。
 水欠乏症で朦朧としていたことが、さらにまずかった。
 それまでやり場のなかった慕情と憎悪が、行き先をもとめてぐるぐる渦巻き、それは自然に眼前の少女に向いた。

 最後の一押しは、美奈のあの涙声での言葉だった。

『わたしは……わたしが……お姉ちゃんの代わりをします。
 お姉ちゃんだと思って、怒りを全部ぶつけていいから……どんなことでもしていいから、水と食べ物を口にして……お願い』

 その台詞を聞いて、
 ぶつんと――
 キた。

  (お願い? ミカの手紙にはなんてあった? 〈ミナをお願い――〉)
  (こいつを傷つければ、ミカの信頼を裏切ることになるな)
  (……むしろ、僕はそうしてやりたい)

 美奈の言葉が美佳の「お願い」を思い出させたとき、美奈の姿が「ミカ」と完全に重なった。
 性的衝動と破壊衝動が削られていた理性を打ち負かした。
 舌が動いて言っていた。

『ミカの代わりだ? 耐えられるなら耐えてみろよ』

 美奈を引き倒して、のしかかって、床で処女を奪った。

 破瓜の血だけを潤滑油にして健一郎が腰を動かしているあいだ、美奈は苦痛にかたく目を閉じていたが、叫びも、抵抗もしなかった。
 すさまじい痛みで蒼白になりながらも、彼女は自分の手で口をおおって、悲鳴をもらさぬよう耐えていた。

   ●   ●   ●   ●   ●   ●

……………………………………………………
…………………………
……

 寒気に体を丸めて毛布をかぶりながら、ぎり、と健一郎は回想に奥歯を軋らせた。

 あの日、かれは美奈を犯した。
 美佳の残した頼みも、姉妹の亡き母からの信頼も、実の妹のように親愛の情をいだいていたこの年下の幼馴染みとの関係も、残らず全部ふみにじったつもりだったのだ。
 なのに……終わったあと、美奈は、一言も責めないどころか、

(笑いかけてきやがって)

 脂汗をうかべてあんなに苦しそうだったくせに。
「ケン兄、泣かないで」と、下から、痩せこけて無精ひげを生やした健一郎の頬をそっとなでてきた。自分と健一郎双方の涙に汚れた顔に微笑を浮かべて。
「どうしてもお姉ちゃんが許せないなら、これからこうやって、好きなだけわたしにぶつけてください」と言って。

 彼の全部を受け入れようとするあの泣き笑いが、いまにいたるまで健一郎の胸にとげのごとく突き刺さって抜けない。ときおり胸をうずかせ、苛つかせるのだ。

 許せなかった。そのうずきが。
 美佳への想いさえ薄れさせそうで。

(こいつが僕を憎めば――こんな痛みは残らなかったのに)

 いっそ。
 もっと踏みにじってやる。
 こいつが僕を憎むまで。
 もしくは、僕が、こいつをどう扱おうが気にならなくなるまで。
 胸に刺さった、得体の知れない忌々しいとげが抜けるまで。

 社会復帰した――表面上は。
 学校にも戻った――勉強も部活も一切どうでもよくなっていたが。
 学業放棄に抵抗はなかった。どうせ、自分という男の中身が屑であったことは、美奈を衝動的に犯したことでとっくに思い知っていたのだから。
 屑なら屑らしくするつもりだった。

 実際に毎日、放課後になると美奈の通う女子校まで迎えに行き、共に帰って部屋につれこんで犯した。夏休みのあいだも部屋に呼んだ。
 たしかにしばらくの間は、「ミカ」を責め立てているつもりにもなれた。
 美奈もわきまえていて、私服で来るとき、彼女は美佳の残した服をまとって訪れた。本当にどんな要求にも応じた。なにをされても受け入れた。

 だが、その従順さは、なぜかますます健一郎を苛々させた。

 しだいに、「ミカ」へ憎しみをぶつけているのか、美奈本人を責め立てているのか曖昧になっていった。
 体力的にすぐ限界を迎える美奈に「役立たず」と吐き捨て、彼女に装着した犬用の鎖と首輪をひっぱって床に引き倒し、首をおさえてむせこむ彼女に「あとは上の口でやれ」と命じもした。
 そんな扱いをしても美奈は謝り、ひざまずいて命じられたとおり奉仕するのだ――可憐な唇と舌で奉仕しながら、目元を赤らめ、愛撫する肉棒に愛おしそうな様子さえ見せて。

 あるとき、ただ乱暴に犯すだけから責め方を変えた。
 処女を破ったときのことを思い返してみれば、美奈は意外に苦痛に耐性があるようだった。体質ゆえさまざまな病を併発してきたからだろうか。
 暴力的な扱いはたぶん無駄だった。だから責めはもっぱら、強い羞恥や屈辱を与えるようなものに変えた。
 ……――美奈の体を気づかったのでは絶対ない。そう、健一郎は自分に言い聞かせていた。

 皮肉なことに、美奈の精神は苦痛に強くとも、繊細な性の悦びには弱いようだった。きちんと手順を踏んで愛撫すれば、明敏な反応を伝えてくるのだ。
 なら、それでもいいさ、と健一郎は暗く思った。
 こちらがあいつをさげすめるようになるまで、どろどろに堕としてしまえばいい。

 なんだ、こんな雌犬だったのかと軽蔑してしまえば、厄介な胸の痛みなどは消えるはずだと。

 けれど美奈は、本質はけっして変わらなかった。
 健一郎の目論んだとおり官能の毒にひたされきっても……熱く乱れた息の下でケン兄とささやく声には、幼いころにおぶった少女の声の響きが残りつづける。
 胸のうずきはしだいに、耐えがたくなっていった。

   ●   ●   ●   ●   ●   ●

……………………………………………………
…………………………
……

 ひんやりした感触が熱いひたいに触れた。
 眠っていたようだった――ぱちりと目をあけると、美奈の顔があった。
 熱を測るように触れてきていた彼女の手を反射的にふりはらい、健一郎は上体を起こした。ぐらぐら揺れて倒れこみそうになりながら、彼女をにらみつけた。

「なんだ……勝手に……入ってきやがって」

 三日、迎えに行かなかったことになる。それまでほとんど空けたことがなかったのだから、美奈が不審に思うのは無理もない。
 だが、彼女のほうからここに来るとまでは思わなかった。

 かすむ視界がようやく定まって美奈の姿が澄明に見える。

 美佳の服ではなく、いつものカトリック系女子学園の制服姿だった。
 黒のワンピース風の制服――コルセットでもはめたようにウエストが細く締まり、スカートや袖の丈は夏服というのに長く、なるべく肌を見せないようにしてある。
 上にはおったボレロカーディガンの襟と袖口の折り返しだけが白で、首元にはベルベットの細いリボンタイが結ばれていた。

 古風で禁欲的で単純なデザイン。女子修道服を意識したらしきその黒と白の制服姿は、それゆえにすらりと肢体にはりついて優美さを引き出している。
 これだけは美佳より美奈のほうにイメージが合っているなと健一郎は昔から思っていた。美奈が似合いすぎているだけかもしれない。

「具合が悪かったんですね、ケン兄」

 美奈は奇妙に静かな声をだした。

「寝ていてください。何か食べましたか?」

「帰れ。お前が帰ったら寝る」

「食べましたか?」

 食べていなかった――腹は減るが、胸のあたりにむかむかしたものがあって、最初の夜に吐いてからは食べ物を口にしていなかった。

「食べるか食べないかは、僕の勝手だ。薬は飲んでる――さっさと帰れと言ってるだろう」

「お粥を作ってきます」

「ああ?」

 苛々――苛々。

「なんのつもりだ、お前――」

 険悪に視線で刺す。
 美奈は影絵のように微動もせず立っていた。

「治ったら呼ぶ。それまで来るな」

「治るものも、治りません。
 その服、寝汗でべっとりですが、いつから代えていないのですか? 手伝います」

「お節介なんだよ、やめろ!」

 とうとう怒号した。

「それとも何か? それが『お願い』でいいのか――」

 それを皮切りに、とにかく追い払おうとして思いつく悪罵を次々投げようとして、直前で健一郎は黙りこんだ。
 美奈は涙をためた瞳に強い意志をあらわし、唇を一文字にひきむすんで、凛然と健一郎を見返していた。
 健一郎は知っていた。これは美奈が引き下がることを肯んじなくなったときの表情だと。
 彼女は、ごくまれに、とても頑固になることがあった。彼を部屋から出したときのように。

 ――こうなったらこいつ、決して自分を曲げない。

 ふいに、抵抗の力が体から抜けた。
「勝手にしろ。そのかわり早く帰れ」そうつぶやくのが精一杯だった。

………………………………………………
………………………
……

 美奈が作った、梅干しで味付けしたお粥を食べさせられた。
 ミネラルウォーターのペットボトルに、大げさなことに病人用の吸い飲み器(水を飲むための器具)まで美奈は持ってきて、枕元に置いた。

「食はあとから吐いてしまうから食べなかったが、薬はちゃんと飲んでいた。水なしでも飲めるから大丈夫だった」と言い張る彼に、美奈は懇々と説き聞かせてきた。

 たとえ後で吐いてしまうとしても、すこしは胃に残留して栄養として吸収されること。
 それに、食後服用と注意されている薬を飲むときは、食べておかないと胃を痛めるから食事が必須であること。
 錠剤やカプセル剤は、胃の中で水に溶けることを念頭において開発されているため、水なしで薬だけ服用することは『ちゃんと』とは言わないこと。

 薬を飲み慣れている美奈の言うことである。
 加えて、面には出ていないが、美奈からは怒っている感じがひしひしと伝わってきていた。
 何も言い返せないまま、健一郎は粥を無言ですすることになった。
 食べ始めると美奈が出て行ったので、健一郎はやれやれと肩を下ろした

 ……が、食べ終わって薬を飲んだとき、美奈が真新しい男物の下着とフリースの上下をもって戻ってきた。
 また出ていき、つぎにはビニールシートとお湯のはいった洗面器とタオルをも。
 おい、なんだそれは――その文句を口にする前に、美奈が彼に言った。

「お父さんの代えのフリースと、封を切っていない下着です。
 着替えてください。寝汗は体力を奪います。ですから着替えのついでに、体も拭かせてもらいます」

「冗談もたいがいに――」

「恥ずかしいのですか? わたしは、あなたの体をすべて見ています。それに病人に恥ずかしがる資格はありません」

 シスターを思わせる制服の美奈に、静かな迫力でぴしゃりと言われ、健一郎は口をつぐんだ。
 好きにしろと言った手前、どうしようもない。それに、実をいえば、昔から美奈はめったに怒らないが、怒ったときは彼は逆らないことにしていたのだった。
 ……もともと昔は、といっても数ヶ月前のあの日までは、彼も美奈には本物の兄妹に接するように接していたのだった。

 優しいけれど怒らせたら怖い妹と、成績はいいが案外に弱気な兄――美佳を中にはさんだ幼馴染み仲間で、それに似た親密な関係がかつてはあった。

(熱のせいだ……熱に浮かされているせいで、僕は昔の態度になってしまっている)

 こんなことは、今日限りだ。
 床のビニールシートの上に立ち、美奈に熱いタオルで体を拭かれながら健一郎は決意した。
 ほんとうに全裸にされている今は、あまり様にならない決意だったが。

「――こうして、ケン兄がわたしの世話をしてくれたことが子供の頃にありました」

 彼の背を拭きおわり、前面に回ってきた美奈がどこか懐かしげに言いだした。

「体調を崩してベッドに寝ていたわたしのそばに来て、『退屈そうだから本読んであげるね』と。
 『何かぼくにできることある?』とほかにも聞いてきて、」

「やめろ」

 健一郎は冷ややかに断ち切った。

「あのときは、僕は美佳に会いに行った。たまたま美佳はまだ帰ってきていなかった。
 退屈だったのは僕だ……おまえにかまったのは美佳が来るまでの暇つぶしだった。それに、おまえに優しくすればするほど、美佳がそれを嬉しく感じると知っていた。
 僕の内面などこんなものだ、昔から。あのころは偽善者だっただけのことだ」

 これを言うとしばらく、健一郎の望んだ沈黙が場に与えられた――けれど、

「それでも、わたしは嬉しかった」

 小さく彼女はささやいて、清める手をまた動かしはじめた。またあの胸のうずき――健一郎は苛々して吐き捨てた。

「それに、昔は昔だ。ぜんぜん別の世界のようなものだ」

 それに対し、美奈は、ほんの少し哀しげなあの微笑を浮かべて、黙々と手を動かした。
 健一郎は彼女から目をそらした。美佳のこと以外の過去など思い出したくもない。もっと下卑たことを考えたかった。自分は下卑た人間であると自分自身に証明したかった。

(……そういえば、この制服のときに抱いたことはまだなかった)

 甲斐甲斐しく彼の腹のあたりを拭いている美奈の制服を、あらためてじっくり見る。
 たしかに肌色が見えぬよう全身を覆っているが、シスター服と同じで腰や腕など体の線がぴったり浮き上がっていて、見ようによってはかえって艶めかしさを感じさせていた。

「腕を上げてください」

 美奈が言い、彼のわきを温かいタオルで清めはじめた。健一郎はくすぐったさに顔をしかめた。懸命に彼の体を拭く彼女の細い手が、腹や腰のあたりを這いまわっている。
 こいつを今、いつものように抱いてしまおうか――そう思った。

 けれど……なぜか、その考えは頭をよぎっただけで、全くその気になれなかった。

(美佳の服じゃないからだ)

 彼はそう結論した。「ミカ」の服を脱がせるところから始めないと意味が無いから興味を覚えないのだと。
 ――違う。けっして、免疫機能の弱いこいつに感染ることを心配してなどいない。

 するりと股の間にタオルを持つ手が伸びてきて、健一郎の思考を中断させた。
 やめろと言いかけたが、体のうちでとくに不潔に蒸れていた部分を熱いタオルで清められるのは心地良かった――それに、美奈は手馴れていた。

「……おい、やったことがあるのか?」

「はい。学園の方針で、二ヶ月に一度ほど老人ホームでの奉仕活動をしています」

 美奈の学園の卒業生の何人かは、看護師や介護士の道へと進み、学園と同じ財団が経営しているカトリック系の病院に務めることもあるのだという。
 その説明は納得いったが――困ったことが起きていた。

 笑劇じみたことに、会陰から睾丸にむけてこすられているうち、健一郎の男根が硬くなって頭をもたげはじめた。
 三日というのは、体内で造られる精液が充填され、空から満タンになるまでの期間でもある。

 あ、くそ、と健一郎は焦ったが、三日前まで抱いてきた少女を前にして、その部分は意思に反してますます血をのぼらせ――
 見る間に、傘を開くように包皮まで亀頭冠の下に落としてすっかり勃起してしまった。
 美奈が気づいていないはずもなかった――実際に彼女の清めの手は止まっていた。健一郎は赤くなり、非常にばつの悪い思いで下をむいた。

(おかしい、なんでこんなに恥ずかしいんだ?)

 何も見なかったかのように、美奈が体拭きを再開する――が、心なしか手つきがぎこちなくなっていた。

 気まずい雰囲気のまま、それからすぐに清める作業が終わり……健一郎は置かれていたフリースのズボンをひったくるようにしてそそくさと身につけようとした。
 が、片脚を通そうと足をあげたとたんに平衡感覚を失って体がかたむく。
 美奈が小さく悲鳴をあげ、倒れかけたかれの体を抱きとめて支えた。

「先に下着を――ズボンは、ベッドに座って穿いてください!」

「わ、わかっている……いや、そうしようと思っていたところだが、ちょっと焦って……」

 みっともないと自分でもわかる言い訳がつい口から出た――美奈が相手にせず彼の肩をおさえてベッドに座らせ、着替えのTシャツをとってくる。

(おいおい、まさか着付けまでする気か)

「ぼ……僕は着るものは下から先に穿くんだよ。上だけ着て下半身が裸である時間があると、そのあいだは男の威厳が損なわれ……」

「臓器が冷えてしまいます。上が優先です」

 聞く耳もたずてきぱきと美奈が彼の頭にTシャツをかぶせ、袖を通させた。続いてフリースの上を。
 まともなようでよく考えれば怪しいような気がする論理だったが、健一郎はもう黙って従った。着替えるから帰れと言えば済んだな、と思ってもあとのまつりだった。

 美奈がボクサーパンツを持ち、健一郎の股間を見て停止する。健一郎はげんなり――情けなさそうに言った。

「収まるまで待てよ……というか、それをこっちに渡せ」

 まだ勃起が続いていた。だからさっさとズボンを穿きたかったのだ。
 しかし――

「……それも、治めるのをちゃんと手伝いますから」

 困ったように眉を下げた美奈が、言った。
 ベッドに座った健一郎は、唖然として、ついまじまじ彼女を見た。

 美奈は消え入りそうな声で、「でも、見られたら恥ずかしいから、目を閉じていてほしいです」と言った。

 そして、その場にひざまずいた。健一郎の脚の間に身を入れ、太ももに手をおいて、緊張した顔を伏せた。
 ――ちゅぷ。
 温かくぬめる感触が亀頭にかぶせられる。美奈が口唇で彼を射精にみちびこうとしているのを知って、健一郎はうめいた。
 手でやらせるのではなく、口で奉仕させるほうをずっと教えてきた――というより、手を使わせないで口だけでやらせる調教をほどこしてきていた。

「ばか……精液は血液と同じだ、感染するから口でなんかするな」

 と、亀頭から唇と舌がはなれ、美奈が顔をあげる気配がした。彼女は生真面目に否定した。

「だいじょうぶです。風邪ウイルスなら、体液での経口感染はおそらくありません。
 それにこの風邪はインフルエンザのような悪質な伝染性ウイルスではなく、季節の変わり目で体調を崩したことが大きいと思いますから、わたしでも予防できます」

 まあ、健一郎に関するかぎりそれは妥当な分析といえた。
 抵抗力が落ちていたのだ。食生活からして、栄養など知ったことではなく食べられるものを口に放りこんでいただけだったのだから。
 どうやら成績が良かっただけで自分はとても馬鹿だったようだ、と健一郎は渋い顔になった。

「楽にしていてください」美奈の含羞の声は、とても甘く響いた。

「すぐ出せるように力を抜いて。わたしの口に出し終わったら、眠って……」

 本格的に奉仕されだす。

 肉棒への口づけから始まった――美麗な桜色の唇が、醜悪な形の亀頭にキスを二三度降らす。
 三日も洗われず雄の臭いが濃くなってしまっているであろう亀頭表面を、うすもも色の小さな舌が丹念に舐める。
 舌先がちろちろと鈴口を割れ目にそって掃きはじめると、健一郎は思わず声が出そうになった。

 やがて、先端が唇に含まれた。
 ぬるる……と桜色の唇の輪が先に進み、亀頭冠の段差をおりてそれは止まった。傘の下のくびれが唇にやんわりと締めつけられる――亀頭海綿体の膨張がぐぐっと進む。
 それから、舌がおずおずと触れ、裏筋を丁寧にあやしてきた。ぬりゅぬりゅと舌が、その男の弱いポイントをなぞってくる――腰がはねそうになる。

 包皮を剥かれた敏感な肉の実が、ぬめらかな粘膜にくるまれ、汚れを清めるようにくちゅくちゅと優しくしゃぶられる――彼はもうはっきりと背筋をわななかせてしまった。
「ン……」美奈が肉棒の根元に白い指をからめ、もう少し深く呑みこんでくる。
 とろけそうな甘悦だった。

 薄目を開けて股間を見下ろした。
 目を伏せた美奈が、かしずいて一心に尽くす光景があった――彼女が片手で落ちかかる髪をかきあげながら、その頬をすぼめると、深く呑み込まれた肉棒にぴたりと粘膜が吸いついてきて快楽を高めた。
 男の肉を吸いあげる淫らな表情のはずなのに、静かに奉仕に没頭する美奈の美貌は、どこか聖性をおびていた。健一郎は、胸が痛みとともにうずくのを感じた。

(なんで動揺してるんだ)朦朧とした意識が自問する。

 そして、ふっと浮かび上がってきたのは、

(……こいつの唇は、歌や楽器や静かな言葉や、いずれできるはずの、こいつをちゃんと大切にしてくれる恋人とのキスのためにあったのに。
 こいつをレイプするような最低の男のものをくわえさせられるためではなく)

 妹のために嘆く兄のような、そんな答えが、ごく自然に出てきたことに、健一郎自身が驚愕した。

(僕は馬鹿か――なにを勝手な。こいつにこれを覚えさせたのは僕で、させているのも僕だ)

 きつく目を閉じて、甘美な口唇愛撫と胸のうずきの双方に耐える。
 が、美奈が、彼の体がこわばったその様子に気づいて、彼がきつくにぎっていた両のこぶしに手を重ねてきた。

「がふぁん、しふぁいふぇ(我慢しないで)……」

 目を開けると、くわえたまま上目づかいで見つめてきていた美奈と目があった。
 男根を口にして頬をすぼめた表情を見られた美奈が、かああっと顔を赤らめてひどく恥ずかしげにして、泣きそうに瞳をうるませた。それでも、彼女は奉仕は止めなかった。
 健一郎はいつもならわざとじっくり見つめ、「そんなにしゃぶるのが好きか」などと、意地悪な言葉でさんざん嬲る――だが、この日は、彼は黙ってまた目を閉じた。
 両の手は、美奈におさえられたままだった。

 言われたとおりに力を抜くと、射精まではあっという間だった。
 美奈が首を前後させ、柔らかく口をつかってにゅくにゅくと唇で幹をひきしごいてくる。温かい水アメに肉棒がくるまれているような愛楽の官能――朦朧としていく。
 ちゅぷちゅぷと鳴る音……ぷりぷりした唇、うごめく可憐な舌、熱い口内……気がつくと達していた。

 勢い良く、ではなかった。前立腺が熱くなって輸精管が震えたかと思うと、その熱がゆっくりと尿道を上がってきた。
 白いゼリー状のかたまりとして彼女の口に、どく……どく……どく……と、気の抜けた速度で流れこむ。
 美奈が放出を助けるように裏筋を舌の腹でマッサージし、ちゅぅと穏やかに吸引してくる……それでわずかに放出速度が速まったが、あくまでもゆっくりした絶頂だった。

 健一郎はほうとため息をついた。
 奉仕「させる」のではなく奉仕「され」、すべてをゆだねきって与えられる快楽――それまで知らなかった種類の悦びだった。

(すごく、きもちいいな……これ……)

 ゆっくり引き伸ばされた、長く甘やかな法悦だった。
 美奈が出てくる精液をこくん、こくんと飲む音がしていた。教えたことに忠実に。
 健一郎は心地良い消耗でぼんやり酔ったようになっていた。目を開けて、言うはずのないことを彼は言っていた。

「今日は別に、飲まなくていい……美奈……『あの時間』以外で、僕にそこまでしないでくれ、頼む……」

 優しくされたくないんだよ。

 美奈が驚いた顔をして口を離した――健一郎はまた目を閉じた。眠い。
 目が覚めて、正気に戻ってから発言を悔やむにしろ、今は考えたくなかった。
 どのみちとっくに、もっと別のことを悔やんでいた。

 心地良い消耗――また眠い――眠気が翼でも生えているかのように迅速に戻ってきて、まぶたを閉ざさせた。
 毛布をかぶりながら、下を穿くのは明日でいいだろう、と結論した。そのあたりはもうやけっぱちだった。男としての威厳など今夜全部ふっとんでいる。
 美奈が何か言っていた。

「……できれば、水分はこまめにとってください。暖かくしていてくださいね……」

 追加の毛布がぱさりとかかる。おやすみなさいの声を最後に残して、気配がベッド横から去っていった。






ねがいごと〈幕間1〉





(わたしには出来ません……ケン兄)

 足をひきずるようにして自邸の敷地内に入ったのち、立ちくらみが来た。
 学園の制服に着替えなおした美奈は、鉄細工の格子門に寄りかかって、しばし気分を落ち着かせた。いま出てきたばかりの隣家の二階の明かりをふりあおぐ。
 よく浮かべる表情――ちょっと哀しげに、彼女は微笑した。

(あなたが、自分のことを悪いひとだと思わせたくても。自分でもそう信じていても)

 街中で迷子にならないようわたしの手をひっぱってくれた手。発作で苦しいとき背をさすってくれた手。眠くてうとうとしていると抱き上げてベッドに運んでくれた手。
 兄のような隣家の歳上の少年の手。
 いまは、彼に優しく扱われているとは言えないかもしれないけれど、それでもたまにあの手は、昔のように温かく触ってくれるのだ。

 それに無理もないのだ。
 姉が駆け落ちしたのちに、彼が変わったのは。
 自分だってきっと心のどこかが壊れる――はっきり想像できる。
 子供の頃からどうしようもなく好きだった人と結ばれたと思っていたところで、あんな形で捨てられれば……

 彼とわたしは、同じだ。鉄の格子の冷たさを背に、美奈は窓明かりを見上げていた。
 美奈の場合は、最初から諦めていたから、それ以上傷つくこともなかったというだけだった。彼は勇気をだして行動し――一度手に入れ――最悪の形で失った。

 わたしの体。全力で走ることさえできない、お金がかかって、生きているだけで周りに面倒をかける体が、すこしでも彼の慰めになるのなら、全部好きにさせてあげたかった。

 長いまつ毛を伏せる。
 つらいのは……
 屈辱的に嬲られることでも、恥辱を与えられることでもなかった。
 彼が、わたしの体を通して姉を見ていると感じるときが、一番つらい。たとえ、わたし自身がそれを望んだにしても。

 もし、「お願い」で、お姉ちゃんを忘れてくださいと言葉にしたら、彼はどんな反応をするのだろう。……何度も妄想したことだった。
 試みたことはなかった――人は人に行動を強制できても、心を強制することはできない。美奈は、それを知っていたから。

「お願い」。
 美奈はひとつだけ健一郎にどんなことでも要求していいことになっているのだ。
 願いはまだ口にしていない。「僕の身だけですむことなら、どんなことでも聞くぞ」と健一郎には言われていた。

 あれは、処女を奪われたときのことだった。
 のしかかった少年は声をたてずに頬をゆがめて笑い、美奈の言うことをひとつだけ聞いてやると約束したのだった。お前の姉貴からの頼みはそれで帳消しだと。
『僕にできるなら、どんなことでもやってやるよ――「どこかに消えて」でもいいし、わかりやすく「死ね」でもいいんだぞ』と、美奈に対し、言った。
 健一郎の涙が頬を伝って美奈の顔に落ちてきていた。

 傷ついた彼のそばにいて、この日々をずっと続けたいと思っている自分がいる。
 でも……もうすぐ、すべて終わらせないとならない。
 時間がなかった。

(もう少しだけ、このまま……もうすこし……)

 格子門から離れ、背筋を伸ばし、すこしふらつきながら、美奈は敷石で舗装された庭の道をたどって玄関に向かいはじめた。

ねがいごと〈1〉


※この作品は最初、管理人・二宮酒匂が、「ねがいごと」というタイトルで発表したものです。2ちゃんねるPINK板で別名義で無料公開しました。ここには改訂・編纂して載せています。




 Kyrie eleison
 Kyrie eleison

 となりの家は、赤い屋根に風見鶏のある、鉄柵と木々に囲まれた洋館。
 隣家の姉妹ふたりが賛美歌を歌う光景を、幼い日に見た。

   ●   ●   ●   ●   ●   ●

 初秋の陽も落ちくれて部屋の隅はもう暗い。
 その中でも艶めかしく光るのは美奈の濡れた唇――その、桜桃の実をおもわせるつややかな美唇が、彼女を組み敷く健一郎へと、かすれた問いを投げかけてきた。

「ぁあ……ケン兄……終わりました、か……?」

 儚げで幻めいた美しさ――楚々としてたおやかな少女だった
 美奈の体は少年の下におさえつけられ、挿入されたままだった。
 身につけてきたその姉の服を、全てはぎとられた裸身は、汗の膜におおわれて白くけぶるように浮かび上がっている。

 腰まであるロングの黒髪を健一郎のベッドに乱し、美奈は数え切れないほど味わわされた絶頂に放心しかけていた。

 ……はあっ、はふっ……と悩ましく耳にからみつく、濡れた呼吸音。それは完全に性の悦びを知った「女」のそれである。
 しかし、あおむけで脚のあいだに男を受け入れ、手をぎゅっと握りこんで濃い余韻に耐えているその肢体は、痛ましいほどに骨細で華奢だった。

 いまの美奈には、触れれば落ちそうな三分咲きの白梅の可憐さと、それが強引に花開かされていくときのような無残な色香が同時にそなわっていた。

 終わったかと問われた少年は名を健一郎という――陸上部で絞られたシャープに引き締まった体と、理知的な容貌を持っている――ただし眼には精神が荒廃した者特有のぎらつきがあった。
 健一郎は美奈に向けていた視線をはずし、つながったまま枕元の眼鏡を取った。壁の時計をたしかめる。
 始めてから、それなりに時間がたっていたようだった

(……道理で窓の外が暗い)

 夕刻からいままで、健一郎は美奈をずっと嬲っていた。
 放課後に通っている進学校の門をでるや、少女をその通っている小中高一貫カトリック系女子学園の門前まで迎えに行った。
 共通した帰路をともに通って部屋に連れこみ、そして美佳の服に着替えさせて、すぐ組み敷いたのである。

 この数月、夏休みも含め、毎日のようにしてきたことだ。隣家のふたつ年下の令嬢を、このようして犯してきた。

(けれど、親父とお袋がいつもの残業から帰ってくるまではまだ時間があるな)

 シャワーを浴びさせる時間をさしひいても余裕がある。それを確かめて美奈に視線を戻す。見下ろしたとき、ふと思ったことを健一郎は口にしていた。

「……あらためて見ても、おまえは小さいな」

 健一郎はさほど大柄ではない。男子高校生の標準程度で、それも痩せ型だ。
 それでも、美奈とは体の大きさが二まわりも違った。こうしてのしかかっていると特に体格の差を実感する。

「え……何を、いきなり……」

 美奈がけげんそうに眉を寄せ、瞳の焦点をぼんやりうるませたまま、おずおずと笑おうとした。――その媚びを含んだ苦笑に苛ついた。
 健一郎は美奈の乳房に手を伸ばして、敏感にしこりきった右の乳首をぴんとはじいた。美奈が背をびくんと反らして哀切な声をあげる。

「あうっ!」

 健一郎は笑いを薄く頬に刻んだ。

「気にするなよ。背は低くても、胸や腰は肉がついてるだろ。なにより感度がいい。
 ミカと同じ男好きのするカラダだよ、そのうちもっとそうなるだろうよ」

 健一郎は、自分と同い年である美奈の姉の姿を思いだす。
 双子と間違えられるほど容姿だけは瓜二つの姉妹――美佳もまた背丈が小さかったが、美佳については健一郎は、その小柄さをあまり意識したことはなかった。
 現在自分の下にいる美奈の体が、いかにも弱々しげに見えるのとは違って。

 背は低くとも幼い身体ではない――むしろ均整がとれて大人びた容姿の美少女である。頭が小さく手足はすらりと伸び、一方で女の曲線はそれなりに備えているのだから。
 美佳と比べてもあまりに華奢で、どこか不健康的なほど淫美な白さの、美奈の肢体。そこに表れているのは、未成熟さではなく生命力の薄さだった。
 姉とちがい、美奈は身体が弱かった。

 もてあそんでいた相手のか弱さを確認するにつけ、健一郎の胸の奥はささくれていく。

(……くそ)

 これがなんの感情なのか、そして姉妹のどちらに向けた感情か――考えたくなかった。

 ――いや。
 これは姉への――「ミカ」への憎悪だ。そうでなければ。

 衝動的に彼は、氷の浮いた水のような冷たい声を浴びせた。

「気を抜いて寝たりするなよ」

 けんめいに、美佳のことに意識をむける――憎しみと捨てきれない慕情が熱泥のように沸きたぎる。
 一度記憶を呼び覚ますと、忘れようとしても忘れられるものではない。肉が破れるまでみずからの唇の端をぎりりとかみ締めても、彼を捨てた幼馴染みの元恋人の記憶は薄れてくれなくなる。
 それも無理はない。目の前にいる美奈の容姿は、姉にくらべ痩せっぽちだった体が女として熟していくにつれ、ますます美佳にそっくりになっていくのだから。

 わずかにとまどったように、美奈がまつ毛をしばたたいた。これ以上の快楽への恐怖が、声にはあった。

「あ…………ま……、まだ、するんですね……」

 けれど、すぐ唇をひきむすんだ彼女の表情には、諦め――というより覚悟と許容の色があった。
 それを見て、健一郎の胸はどうしてだかいっそうざわめいた。
 焦りに似たそれが、あざけりをまじえた、さらなる冷淡な態度をとらせた。

「おまえがさっさとイっちまって勝手にへたばりそうになるから、止めてやったんだろうが。こっちはまだ満足してないんだよ。
 ったく……ついこの前まで処女だったのに、あっという間にイキ癖ついた淫乱になりやがって」

 意識して下卑た言葉づかいで責める。

「……それは……ケン兄が……」

 美奈は細々と抗議をつむいだ。羞恥に潤む瞳が、茫洋と健一郎を見上げてくる。
 情感をたたえたその瞳に見つめられて、健一郎は胸のうずきが大きくなっていくのを感じる。
 ――胸中を黒く満たすのは、歪んだ嗜虐の欲求だ。
 そのはずだと自分に言い聞かせ、少年は唇の端をつりあげた。

「僕のせいだって? そうだな、仕込んだのは僕だな……だがな、ここまでになったのはおまえの素質あってこそだぞ。
 たとえば」

 そこでいったん言葉を切って、健一郎は腰をぐりゅん、ぐりゅんと押し回しはじめた。とたんに美奈のせっぱつまった叫びが噴きあがる。

「あわぁっ、そ、それぇ、駄目っ、ああっ……!」

 責める少年の円をかく腰の動きにともない、奥深くまで刺さった肉棒の先端が子宮口をコリコリ撫で回すように刺激していた。
 男の恥骨でおしつぶされた恥丘も圧迫刺激され、クリトリスがぷくんと充血を強める。
 少女は目を白黒させ、悩乱に身をよじって鳴きはじめた。膣口と肉棒の隙間からブチュプチュと愛蜜が漏れ飛び出した。

「んんんっ、いま、び、敏感なのにっ……!」

「なあ? こういうことしてやるだけで、そんな声を出すだろう。
 いくら毎日してやってるからとはいえ、たったの数ヶ月でイきまくる体になってんじゃねえよ、エロガキ」

 鼻の先で笑うと、健一郎は責め方を変えた。
 美奈の子宮をやさしく小突くように、腰を小刻みに前後動させはじめる。
 美奈の瞳がたちまち光を弱めてとろんと濁り、彼女の視界がじゅわっとゆるんだ。

「ひう……っ……ああぁ……ひどいです、ひどいい……」

「どうした? これは感じないか?」

「かんじるのがひどいんですぅっ……きもちいいのおさまったところだったのにい、
 んううう、ひっ……あ、もどってきたぁ、もどってきちゃったでしょうっ、馬鹿あ……っ」

 再度、絶頂に向けて官能が高まりだしたことを、彼女はそう表現した。
 とんとんと子宮を亀頭でノックされるたび、美奈の意識を、甘やかな肉の快美がむしばんでいく。牝の悦びに腰が勝手にくねり、脚を健一郎の胴にからめようとする。

 下になった形のいい美尻がうち震え、断続的にきゅうっと白い双球の谷間をひき締める。そうすると貫かれた蜜壺までが男の肉を絞って悦ばせた。
 艶にくずれた美少女の、悩乱の甘声が解き放たれる。

「だめえ、んっ、だめ、イクぅっ、あぁあああっ」

 身をよじり、細い雪白ののどをくっと反らし、美奈は絶頂の嬌声をほとばしらせた。
 その最中にもとん、とん、とんと奥を優しく突かれる。

「あぅ、ん、ん、ふぅっ、やぁ、おわらないのぉ……!」

 それをされると、絶頂が長引いてしまうのだ。
 涙と恍惚をふくんで甘い悲鳴がうわずる。
 悩ましい乱れ方をする美奈を、健一郎は言葉と腰使いの双方でなぶって追いつめていく。

「ははっ、ちょっと突くたびに奥のほうから膣内(なか)をビクンビクンさせて……子宮イキの味をすっかりおぼえちまったな。
 エロガキでなきゃなんだってんだよ、これが」

 雪細工のような繊美な両手首をつかみ、頭より高くあげさせてベッドに押し付ける。
 ねじふせるようにして美奈の体の自由を奪ったうえで、健一郎はまたしても責め方を変えた。
 激しく、スピーディーで、女体をがつがつとむさぼるような抽送に。
 美奈が濡れ羽色の黒髪をふりみだして鳴く。

「ひい――やあっ、ひゃうッ、いったばかりですっ、ケン兄っ、わたしイったばかりなんですうっ!」

「だからなんだ? どうせ子宮イキが続けて来ちまってるんだろ? 勝手に好きなだけイってろよ。
 なんで遠慮しながら動かなきゃなんないんだ? 僕もここらでもう一発さっさと出したいんだよ」

 健一郎は冷然とうそぶいた。
 少女の快楽ポイントを知り尽くして行う長時間のねちっこい責めで、美奈の体をこの過敏な発情状態に追いこんでおきながら。

 責めのペースに段階をつけ、疲れすぎない程度に絶頂を繰り返させて、雄がむさぼるにもっとも良い状態にまで膣肉を仕上げてあるのだ。
 ただ挿入しているだけでもヒクヒクと弱く痙攣しながらきゅっきゅっと肉棒を締め、半ば無意識に男に奉仕する少女の膣内の感触は、まさにいまが食べごろといえた。
 ――歳若いゆえに狭く、充血した粘膜壁のぷりぷり感が強く、それでいながら重ねられた絶頂のために硬さがとれてこなれきった蜜壺肉を味わっていく。

「やぁ、ひっ、またっ、あんんんんぅ、ん――っ……!」

 子宮を揺らされつづけて悩乱しきった少女が、あっけなく肉の高みに達した声を連続であげた。
 官能の責め苦に耐えかねたように、美奈が、さし上げた手首で拘束された上体をそらし、悶える――ふっくら張った双乳が強調され、小さな乳首がピンクの軌跡を、宙にふるんと描いた。

 健一郎は、美奈の感じるところは、すっかり把握していた。
 それをさぐりだすことは難しくなかった――美奈は、その姉の美佳と、弱い箇所がほぼ同じだったのだから。
 ミカはこうすれば反応したな、と記憶をひとつひとつ思いおこしながら試すだけでよかったのだ。

 そして、美佳のことを思えば思うほど、舌に悪魔が憑いたように、美奈を傷つけるための台詞はつぎからつぎへと出てくる。

「二回目に部屋に呼び出したときだったかな……おまえ、なんつった? 『わたしの体でもケン兄を慰められるなら』とか言ってたっけ?
 率直に言うと、聖女きどりかよってうざく思ったよ。悲壮ぶって、上から目線で……自分に酔ってんのかよってな。
 でも、美奈、おまえのほうがこれに骨抜きになっちまったいまじゃ、滑稽でしかないよなあ」

「ちが、わたし、んっ、ほ、骨抜きになんてっ」

「嘘つけ」

「ひゃぐうっ!」

 興奮状態で下がりきっていた子宮に、ひときわ深い突きこみを与えていた。牝の臓器を押し上げるようにして止める。
 少女が衝撃に目を見開き、口をぱくぱく開閉する。

「……あ…………あ……」

 躾けられた肉体が、鐘突きされた子宮の響きを快楽に転化していく。
 無意識のうちに、ブリッジ体勢を取るようにくんっと美奈の下半身が反り返る。
 折れそうな細腰と、意外に実った双臀がベッドから浮き、勃起陰核を強調するように恥丘が天井へむけて突き出され、蜜壺が緊縮し――

「……あああああああぁぁっ」

 一拍おくれて、凝縮された絶頂が、美奈のなかで今日一番大きく破裂した。

(う……キツ……)

 射精後の男性器を刺激され、健一郎は眉をしかめた。敏感になっている男根が、わななく初々しい膣肉にキュウキュウと絞りあげられている。
 彼も最後の瞬間が近かった――気をまぎらわそうと、健一郎はきつく食い締めてくる膣道をえぐるようにつぎつぎ腰を送りこんだ。
 相手の肉体はとうに堕ちているのに、さらにその身を髄までしゃぶりぬくようなしつこい責め。少女の泣き狂う声がよじれてゆく。

「あぁ――っ、だめ、だめええ――――っ!!」

 健一郎は爆発寸前の射精衝動の手綱をひきしめ、こらえながら抽送をつづける。少女の両手首をひとまとめに左手で押さえておく。
 愛欲の狂態をさらしてあえぐ性奴の麗貌を右手でぴたぴた叩きながら、「いまどうなっているか言ってみろ」とささやく。

「いってますっ、いっぱいいっぱいいってますう! あたまもおなかの奥もとけちゃってるのおっ、こんなのぉ、くるっちゃううぅっ!」

 天使のように清らかに澄んでいた瞳を快楽で濁らせ、黒目をわずかに裏返らせて、美奈が淫叫する。
 涙とよだれを噴きこぼしながら熾烈な連続絶頂にのたうちまわる少女の姿に、このあたりが限界だな、と健一郎は推しはかった。
 手を彼女の頬に添え、いつもの合図を口にする。

「今から何を言っても『おねがい』には含めないでおいてやる……どうしてほしい?」

 お願いには含めない――許しを乞わせてやるためのフレーズ。
 美奈が煮えた声で叫んだ。

「おわらせてくださいいっ、はやく出ひてえ、あなたもイってえ、びゅーびゅーしてえっ!」

「よし……」

 美奈の手首を解放すると、彼女が健一郎の首を抱きしめるようにして下からしがみついてくる。

 動きを止め、避妊具ごしではあるが、堕ちきった少女のなかに健一郎も放精した。
 びゅくびゅくとおびただしい精液がほとばしり、子宮口に密着したコンドームの先端を水風船のようにふくらませた。

 美奈が言葉にならない言葉を叫んだ――ぜん動する蜜壺が、射精する雄をにゅぐにゅぐと卑猥にしゃぶりたてて歓迎する。
 少女の全身もまた、肉棒をくわえこんだ妖しく美しい肉そのものになったように、脚まで少年の腰に回されて巻き締め、痙攣していった。

 ……湯気のたちそうな熱い息をかわす間近から、健一郎が笑った。

「はは……今日も連続で深イキをキメちまってたな。尻ごとおま○こ肉をブルブルさせすぎだろ」

「……ぁっ、……ぁひ、うっ、……う、」

 少女は浴びせられる嘲笑にまともに反応することすらできないようだった。
 健一郎がコンドームの中に最後の一滴まで出しきって、ようやく細かい律動を止めても、美奈のほうは肌の痙攣が止まっていない。
 彼女はほつれた髪を頬にはりつけ、忘我の態だった。はふ、はふと熱っぽくつむがれる呼吸の音が、被虐美にみちた凄艶な響きを帯びている。

「美奈……抜くぞ」

 健一郎は射精の終わった腰を引いた。
 美奈が「ひぃん」と可愛らしく鳴き、なぜか制止しようとした。

「まっへぇ、ケンに……らめ……いま……だめで……」

「ああ?」

 ひきとめるようにきつく締まる膣口をカリでめくりかえし、亀頭がぬぽっと抜ける。
 肉の栓が抜かれるとともに、わななくピンクの肉の泉から、精液とみまがうほど濃く白濁した愛蜜が、牝の匂いの湯気とともにごぽりとあふれ出し――

「……んひぃっ」

 ぴゅくり。
 膣口の上の尿口から、一条の液体が飛んだ。
 一度だけで止まらず、ぴしゅ、ぴしゅと何度かに分けられて飛ぶ。ふやけきった表情の美奈が両手で股間を押さえても、それは指のあいだからピシャピシャ漏れた。

「ひっ……ひっ、ぁぁぁぁ――おさまっへ……おさまってよぉ……」

 やっといじめ抜かれる時間が終わったというのに、尿道を液体が駆け抜けるたびに絶頂感が持続するらしく、腰が抜けた様子で美奈は脚を閉じることもできないようだった。
 健一郎が失笑する。

「あーあ……ベッドカバーを濡らしやがって。
 潮かしっこか知らないが、イキながらのお漏らし癖つけてんじゃねえよ」

「ひっ、ひぃ……ひ……ごめ……なひゃ……」

「ほら、いつものように飲め」

「んみゅぅ……」

 肉棒から外されたコンドームの口をくわえさせられ、中にたっぷり溜まった精液を吸わされる。
 すっかり肉色に意識が混濁した美奈は、眠たげにも見える目で、チューブ入りアイスの溶けた汁を吸うように、コンドームの精液をじゅるりとすすった。

「うまいか?」

「ふぁい……『おち○ぽ汁』、おいひぃ……です……」

 たくさん覚えこまされた卑語――そのひとつを美奈がもはや意識もせずに口にしたとき、最後の一条、液体がぴゅくっと噴きだした。
 悦楽の桃源郷をさまよっている少女に、少年が言う。

「盛大に吹いたが……まあ、前のように、おもいきり失禁していないだけましか。
 なあ、あのときの自分の乱れ方おぼえてるか? 何度も何度もイってるうちに理性トバして、だらしない声であんあん鳴きながら『もっとして』とばかりに自分から尻突き上げてたろうが。
 さんざイキまくったあげく、最後は四つん這いで硬直してぶるぶる震えだしたと思ったらいきなりじょぼじょぼ漏らして失神……なにが骨抜きじゃない、だよ」

「あれは……あれは、いわないで……」

「おまえをここに連れこむときは、やる前にまず目の前でペット用トイレにしゃがませて、用を足したと確認するところから始めたほうがよさそうだな。
 それとも、脚おっぴろげで後ろから抱えられて、小さな子みたいに『しーしー』促されるほうがいいか?」

 健一郎は苛む台詞をつきつける――この場での羞恥責めとしてだけでなく、いま言ったことは次の時にでも、本気で実行するつもりだった。
 相手の人格を貶めるような責めは、いつものことだ。

「ケン兄、が……」

 だが、美奈は、期待した反応を示さなかった。胸を上下させながら、ふっと体のすべての力を抜いて彼女は言ったのである。

「ケン兄が、そうさせたいなら……」

 いつもの受け入れる態度――一気に、健一郎は不機嫌になった。苛々と目をそらす。

「勘違いしてんじゃねえよ。あとからおまえの小便でベッドを濡らされたくないから言ってるんだ」

「ご……ごめんなさい」

 ようやく理性が戻ってきたのか、恥じ入った美奈が蚊の鳴くような声で言う。
 健一郎は「ちっ」と舌打ちし、ハンガーにかけてある彼女の制服をほうって言った。

「今日はもういい。さっさとシャワーを浴びて帰れ。
 そのシーツを洗濯機に放りこんでおけよ」

 ……丸めたシーツと制服と、美佳の服を持った、裸の美奈が、疲弊したおぼつかない足取りでよろよろと部屋からでていく。
 階下に去ろうとするその背から視線をうつし、健一郎は窓の外の隣家を見た。

 広い敷地に植えられた木々の間をとおして、風見鶏のある赤い屋根が目に入る。
 家というより、館と言ったほうがしっくりくる、大きな三階建ての洋風の建物だ。

(おじさんは、なんでなにも言わない? 美奈がこっちに入りびたっているのには気づいているはずなのに)

 信用されているのかもしれない。
 昔から、互いの家の子供たちが歳が近くよく遊んでいたこともあり、経済格差にもかかわらずお隣りづきあいは密だった。
 そう、親しかったのだ。健一郎自身が、美佳と美奈の父親を、隣のおじさんと呼んできた程度には。美奈が彼のことを「ケンおにいちゃん」いまは「ケン兄」と呼ぶ程度には。

 だが、隣の家の主がいまでも健一郎を信用しているとするなら、それはもちろん、最悪の形で裏切られているわけだ。

(長女は駆け落ち。次女はなにをとち狂ってかこっちに犯されに来るぞ……おじさん、あんた、娘二人の周囲の男にはもっと気をつけるべきだったな)

 彼は冷嘲の笑いを浮かべた。……すぐにそれはひっこみ、彼は暗い部屋のなかで、黙って隣家を見つめた。
 先ほどのことを思い返して、鼻にしわを寄せる。

 ぐっと右手を握りしめる。
 先ほど美奈の頬に添えていた手――すこし下の頸動脈に触れ、脈が不規則に乱れていないかを測ってしまっていた手を。
 意識しないでやったことだった。なるべく慎重に快楽を与え、美奈の体に負担をかけまいと気づかってしまう自分がいた。

(くそっ――あいつを部屋に引き込むようになった最初のころは、もっと冷酷に当たれたのに)

 数ヶ月前と違い、いまでは気をつけていないと、優しく触れそうになってしまう。
 小さな頃から、美奈に対してとってきた態度に戻ってしまっていた。
 笑止にもほどがある――美佳、美奈姉妹との小さなころの絆など、とっくに壊れた。そのはずだった。


雪明かり3-2

とりあえずこの話まで。折を見て完結させるつもりですがいったん更新休止中。

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雪明かり 3-1

性的描写注意。

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